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三重県松阪市下村町に、一風変わったたい焼き店がある。店内に入るとスキンヘッドにサングラスの強面の店主が出迎えてくれる。一瞬ぎょっとするかもしれないが、注文してからたい焼きが焼き上がるまでの間に意表を突かれるかもしれない。見た目と裏腹に、話好きの店主が朗らかに物腰柔らかく声を掛けてくれる。
「たい焼き 一心」―この店名には、店主・坂井健一さんの人生哲学と、たい焼き業界への挑戦の意味が込められている。50歳にして飲食業に初挑戦した坂井さんが選んだのは、誰もが知るたい焼きという伝統的な和菓子を、米粉という素材で再定義するという険しい道だった。
「たい焼き 一心」―この店名には、店主・坂井健一さんの人生哲学と、たい焼き業界への挑戦の意味が込められている。50歳にして飲食業に初挑戦した坂井さんが選んだのは、誰もが知るたい焼きという伝統的な和菓子を、米粉という素材で再定義するという険しい道だった。
現場職から菓子職人への挑戦。将来を見据えた新規事業
坂井さんの経歴は、一般的な飲食店経営者とは大きく異なる。高校卒業後建設会社で9年間現場管理として働いた後、27歳で伐採業の世界に足を踏み入れた。しかし、ただの伐採業ではない。坂井さんが専門としたのは「空師」という特殊な職業だ。
空師とは、木の最上部まで登り、高所での伐採や剪定を行う職人を指す。空師は25メートル、ビルの6階建てに相当する高さまで鎖足場と呼ばれる特殊な道具を使い、フルハーネスを装着して作業を行う。その名の由来は「昔、一番空に近いところで作業していた」ことから来ているという。
この仕事を23年間続けてきた坂井さんが、なぜ飲食業に転身したのか。そこには、師匠の姿があった。65歳で現場を降りた師匠を見て、空師として働けるのは体力のある間だけであると感じ、自分の将来を考えた。その後の人生をどう生きるか。二人の子どもも成人し、自分の好きなように生きられる状況になった今、未経験の飲食業に挑戦してみようと決意したのだ。
空師とは、木の最上部まで登り、高所での伐採や剪定を行う職人を指す。空師は25メートル、ビルの6階建てに相当する高さまで鎖足場と呼ばれる特殊な道具を使い、フルハーネスを装着して作業を行う。その名の由来は「昔、一番空に近いところで作業していた」ことから来ているという。
この仕事を23年間続けてきた坂井さんが、なぜ飲食業に転身したのか。そこには、師匠の姿があった。65歳で現場を降りた師匠を見て、空師として働けるのは体力のある間だけであると感じ、自分の将来を考えた。その後の人生をどう生きるか。二人の子どもも成人し、自分の好きなように生きられる状況になった今、未経験の飲食業に挑戦してみようと決意したのだ。
米粉という選択―困難な道への挑戦
たこ焼きとたい焼き、どちらにするか迷った末、坂井さんはたい焼きを選んだ。たい焼きなら手土産として持ち帰ることができ、子どもからお年寄りまで幅広い層に喜ばれる。さらに、たい焼きなら200〜300円で済むため、この価格帯ならより多くの人に楽しんでもらえるはずだと考えたのだ。
しかし、坂井さんは「どこにでもあるようなたい焼き」を作るつもりはなかった。グルテンフリーという時代の流れに乗り女性客にも訴求できると考え、生地を米粉にすることを決めた。
ところが、米粉の扱いは想像以上に困難だった。試作期間は約5ヶ月に及び、米粉の選定から始まり、配合の調整、焼き方の研究と、試行錯誤の日々が続いた。県内外のたい焼き店を巡り、あちこちで食べ歩いた。しかし、米粉のたい焼きを提供している店はわずか3店舗しか見つからなかった。それほど米粉でのたい焼き作りは難しいのだと痛感することになる。
しかし、坂井さんは「どこにでもあるようなたい焼き」を作るつもりはなかった。グルテンフリーという時代の流れに乗り女性客にも訴求できると考え、生地を米粉にすることを決めた。
ところが、米粉の扱いは想像以上に困難だった。試作期間は約5ヶ月に及び、米粉の選定から始まり、配合の調整、焼き方の研究と、試行錯誤の日々が続いた。県内外のたい焼き店を巡り、あちこちで食べ歩いた。しかし、米粉のたい焼きを提供している店はわずか3店舗しか見つからなかった。それほど米粉でのたい焼き作りは難しいのだと痛感することになる。
開店までの道のり
店舗は、以前から気になっていた松阪市下村町の物件に決めた。人の流れが多く、駅も近く、学生も多い。隣には人気のカレーうどん店「たま樹」があり、相乗効果も期待できた。
25年6月ごろから工事を開始し、並行して店内設備を揃え始めた。工事が終わり、店舗での試し焼きを始めたものの最初はうまくいかなかった。毎日練習を重ね、知人に試食してもらい、試行錯誤を重ねた。8月頭になってようやく手応えを感じ、8月8日の末広がりの日にオープンすることにした。
オープン当日は、想定以上の客が訪れたため、見た目の悪いたい焼き、遅い提供時間と、散々な結果だった。しかし、客は優しく、ありがたいことに大きな苦情もなかったという。坂井さんは「お客様には感謝してもしきれない」と力を込めて話をしていた。
25年6月ごろから工事を開始し、並行して店内設備を揃え始めた。工事が終わり、店舗での試し焼きを始めたものの最初はうまくいかなかった。毎日練習を重ね、知人に試食してもらい、試行錯誤を重ねた。8月頭になってようやく手応えを感じ、8月8日の末広がりの日にオープンすることにした。
オープン当日は、想定以上の客が訪れたため、見た目の悪いたい焼き、遅い提供時間と、散々な結果だった。しかし、客は優しく、ありがたいことに大きな苦情もなかったという。坂井さんは「お客様には感謝してもしきれない」と力を込めて話をしていた。
「一心焼き」―たい焼きの形をしたお好み焼き
たい焼き 一心の看板メニューは、店名を冠した「一心焼き」だ。これは、たい焼きの形をしたお好み焼きという、他に類を見ない商品である。米粉の生地に、キャベツ、紅生姜、天かすを混ぜ込み、たい焼きの型で焼き上げる。ソースとマヨネーズをかければ、まさにお好み焼きの味わいだ。
この一心焼きの開発には、坂井さんの遊び心とチャレンジ精神が詰まっている。米粉を使っているため、通常のお好み焼きとは一線を画す食感と風味を持つ。
家で食べる際は電子レンジで温めた後、オーブントースターで表面がカリッとするまで焼き、からしマヨネーズと岩塩、刻みネギをトッピングする。あるいは、熱したフライパンにとろけるチーズを敷き、その上に一心焼きを押し付けてチーズをカリカリにする。醤油をかけるだけでも美味しい。何もつけずに日本酒のつまみとして楽しむ客もいる。生地に出汁が入っているため、そのままでも十分に味わい深いのだ。
この一心焼きの開発には、坂井さんの遊び心とチャレンジ精神が詰まっている。米粉を使っているため、通常のお好み焼きとは一線を画す食感と風味を持つ。
家で食べる際は電子レンジで温めた後、オーブントースターで表面がカリッとするまで焼き、からしマヨネーズと岩塩、刻みネギをトッピングする。あるいは、熱したフライパンにとろけるチーズを敷き、その上に一心焼きを押し付けてチーズをカリカリにする。醤油をかけるだけでも美味しい。何もつけずに日本酒のつまみとして楽しむ客もいる。生地に出汁が入っているため、そのままでも十分に味わい深いのだ。
小麦粉たいやきに寄せない勇気―譲れないこだわり
米粉たい焼きを開発する上で坂井さんが直面した最大の選択は、米粉の個性の活かし方だった。小麦粉のたい焼きに寄せるのか、米粉を活かすのか。
坂井さんは米粉の個性を前面に出すことを選択した。これは大きな賭けだ。客に受け入れられなければ、店は潰れる。それでも、坂井さんは自分の信念を貫いた。
坂井さんは米粉の個性を前面に出すことを選択した。これは大きな賭けだ。客に受け入れられなければ、店は潰れる。それでも、坂井さんは自分の信念を貫いた。
米粉は冷めると硬くなるという性質がある。だからこそ一心では作り置きをせず、注文を受けてから焼くスタイルを取っている。待ち時間は長くなるが、焼きたての美味しさを提供することを優先した。
砂糖の量を調整することで、焼き色が綺麗に出るようになった。これは小麦粉では起こらない現象だ。米粉の扱いの難しさを象徴するエピソードだが、同時に、米粉ならではの特性を理解し、活かすことの重要性を示している。
三重のブランド米「結びの神」へのこだわり
米粉の選定にも、坂井さんの強いこだわりが表れている。使用する米粉を三重県のブランド米「結びの神」から作られたもの一本に絞ることを決めたのだ。
使用する米粉はみえの安心食材の認定を受けたもので、通常の米粉の1.5倍もする。さらに、開店当初は供給が不安定で常に品薄状態だった。一日に使える量を制限し、計画的に営業せざるを得なかった。客からは「いつ行っても閉まっている」と言われたこともあったという。
それでも坂井さんは結びの神を使い続けた。看板商品である「極みつぶあん」や「よもぎ」には、どうしても結びの神を使いたかったからだ。この妥協しない姿勢が、たい焼き 一心の味を支えている。
使用する米粉はみえの安心食材の認定を受けたもので、通常の米粉の1.5倍もする。さらに、開店当初は供給が不安定で常に品薄状態だった。一日に使える量を制限し、計画的に営業せざるを得なかった。客からは「いつ行っても閉まっている」と言われたこともあったという。
それでも坂井さんは結びの神を使い続けた。看板商品である「極みつぶあん」や「よもぎ」には、どうしても結びの神を使いたかったからだ。この妥協しない姿勢が、たい焼き 一心の味を支えている。
ほうじ茶黒糖あんこ―独自の味わいを求めて
あんこの開発も、米粉と同様に困難を極めた。様々なあんこや隠し味を試したが、納得する仕上がりにはならなかった。そんな時、スタッフがふと「ほうじ茶を混ぜるのはどうだろう?」と言い出した。試してみると、これまで食べたことのない美味しさに仕上がった。和菓子屋でしか出会えないような、上品な味わいのあんこが完成したのだ。
使用するほうじ茶にもこだわり、度会の有機栽培・無農薬ほうじ茶を、業者に依頼して細かく粉末にしてもらい、あんこの仕上げに加えている。この独自の製法により、ほうじ茶の香りが際立つ、他では味わえないあんこが生まれた。
さらに、きび糖と黒糖のみで甘みをつけ、添加物や白砂糖は使用していない。自分たちで一から作ることで、安心して食べられるものを提供したいという坂井さんの信念が、ここにも表れている。
使用するほうじ茶にもこだわり、度会の有機栽培・無農薬ほうじ茶を、業者に依頼して細かく粉末にしてもらい、あんこの仕上げに加えている。この独自の製法により、ほうじ茶の香りが際立つ、他では味わえないあんこが生まれた。
さらに、きび糖と黒糖のみで甘みをつけ、添加物や白砂糖は使用していない。自分たちで一から作ることで、安心して食べられるものを提供したいという坂井さんの信念が、ここにも表れている。
全て自分たちの手で
坂井さんが最も大切にしているのは、安心して食べられるものを提供することだ。自分たちであんこを炊けば添加物は一切使わず、何が入っているか全て把握が可能だ。自信を持って「うちで作ったあんこです」と言える。みたらし味のたい焼きに使用している餡も四日市の蔵元から2種類の醤油を仕入れ、自分たちで調合し手作りしている。
新メニューへの挑戦―カスタードの壁
開店から半年以上が経ち、坂井さんは新メニューの開発も考案中だ。たい焼きは冬の食べ物というイメージが強く、夏は売上が落ちる。それを見越した新メニューだという。
客からのリクエストで最も多いのがカスタードだ。特に若年層からの要望が強い。米粉でカスタードを作る試みは、失敗の連続だという。坂井さんが理想とするのは、シュークリームチェーン店のような、濃厚でもったりとしたカスタードだ。米粉でこれを実現できれば、業界に衝撃を与えるだろう。
試作は娘さんとパートスタッフが担当し、坂井さんがジャッジする体制だ。様々な餡やトッピングを試してきたが、商品化までは至らず、試行錯誤は続いているという。どうやら坂井さんの審査は厳しいようだ。いつか新商品が出るのを首を長くして、楽しみながら待つとしよう。
客からのリクエストで最も多いのがカスタードだ。特に若年層からの要望が強い。米粉でカスタードを作る試みは、失敗の連続だという。坂井さんが理想とするのは、シュークリームチェーン店のような、濃厚でもったりとしたカスタードだ。米粉でこれを実現できれば、業界に衝撃を与えるだろう。
試作は娘さんとパートスタッフが担当し、坂井さんがジャッジする体制だ。様々な餡やトッピングを試してきたが、商品化までは至らず、試行錯誤は続いているという。どうやら坂井さんの審査は厳しいようだ。いつか新商品が出るのを首を長くして、楽しみながら待つとしよう。
待ち時間すらも楽しい店づくり
坂井さんが大切にしているのは、客とのコミュニケーションだ。一心では注文を受けてから焼くため待ち時間が生まれる。この時間を楽しんでもらいたいと考えている。
先月来た客が再び訪れ、店内でも店外でも話し込み30分ほど過ごしていくこともあるという。若い人も年配の人も、男性も女性も、誰でも気軽に入れる店。1枚だけ注文していいか遠慮がちに尋ねる客もいるが、坂井さんは全く気にしない。枚数関係なく、来てくれること自体が嬉しい。
「あのおっさんと喋れる」と思ってもらえることが、坂井さんにとっての喜びだ。誰もが気軽に立ち寄れる、開かれた店でありたい。それが目指す店の姿だという。
先月来た客が再び訪れ、店内でも店外でも話し込み30分ほど過ごしていくこともあるという。若い人も年配の人も、男性も女性も、誰でも気軽に入れる店。1枚だけ注文していいか遠慮がちに尋ねる客もいるが、坂井さんは全く気にしない。枚数関係なく、来てくれること自体が嬉しい。
「あのおっさんと喋れる」と思ってもらえることが、坂井さんにとっての喜びだ。誰もが気軽に立ち寄れる、開かれた店でありたい。それが目指す店の姿だという。
米粉たい焼きの未来を切り拓く
たい焼き 一心の挑戦は、まだ始まったばかりだ。開店から半年余り、試行錯誤は続いている。米粉の扱いは依然として難しく、新メニューの開発にも苦労している。それでも、坂井さんは前を向いている。
結びの神の米粉、ほうじ茶黒糖あんこ、添加物不使用、全て自家製。これらのこだわりが生み出す味は、単なるたい焼きの枠を超えている。坂井さん自身が語るように、よもぎつぶあんは和菓子の領域に達している。一心焼きは、たい焼きとお好み焼きの境界を曖昧にする。
今も空師の仕事は続けている。そんな中、異なる業種への挑戦を始めた坂井さんは、米粉たい焼きの可能性を追い求めている。松阪市下村町を訪れる機会があれば、ぜひたい焼き 一心に立ち寄ってほしい。そこには、安心して食べられる、本物のたい焼きがある。そして、たい焼きを焼きながら気さくに話しかけてくる、空師のおっさんがいる。待ち時間すらも楽しい、温かい店に出会うことができるだろう。
結びの神の米粉、ほうじ茶黒糖あんこ、添加物不使用、全て自家製。これらのこだわりが生み出す味は、単なるたい焼きの枠を超えている。坂井さん自身が語るように、よもぎつぶあんは和菓子の領域に達している。一心焼きは、たい焼きとお好み焼きの境界を曖昧にする。
今も空師の仕事は続けている。そんな中、異なる業種への挑戦を始めた坂井さんは、米粉たい焼きの可能性を追い求めている。松阪市下村町を訪れる機会があれば、ぜひたい焼き 一心に立ち寄ってほしい。そこには、安心して食べられる、本物のたい焼きがある。そして、たい焼きを焼きながら気さくに話しかけてくる、空師のおっさんがいる。待ち時間すらも楽しい、温かい店に出会うことができるだろう。
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※記事の内容は、公開時点の情報です。記事公開後、メニュー内容や価格、店舗情報に変更がある場合があります。来店の際は、事前に店舗にご確認いただくようお願いします。
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