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三重県松阪市の路地裏に、知る人ぞ知るスパイスカレー店がひっそりと佇んでいる。喫茶店の看板をそのまま残した店構えは、一見すると営業しているのかどうかさえ判然としない。洋楽バンドがBGMとして流れる、わずか数席のカウンターとテーブルを構える小さなカレー店。しかし、その扉を開けた者だけが味わえる本格的なスパイスカレーは、都会の名店にも引けを取らない完成度を誇る。店主であるトモさんのカレーは舌の肥えた松阪市民や飲食店関係者おも魅了する。
そんなトモさんだが、出身は北海道札幌。まるで導かれるように松阪へとたどり着き、人生の転機を迎えた彼女の物語は、偶然と情熱が織りなす奇跡のような軌跡だった。
そんなトモさんだが、出身は北海道札幌。まるで導かれるように松阪へとたどり着き、人生の転機を迎えた彼女の物語は、偶然と情熱が織りなす奇跡のような軌跡だった。
運命の出会いから始まった松阪での日々
彼女が松阪の地を初めて踏んだのは21歳の時。当初の計画では、わずか半年の出稼ぎのつもりだった。札幌から出るつもりなど全くなかったが、一度くらい違う地域に住んでみたいという軽い気持ちでやってきた。
昔からいろんなお店・ジャンルのカレーを食べ歩いていたトモさんだが、カレーとの本格的に作り出したのは意外にも最近のことだ。それは埼玉に引っ越した2020年3月のこと。東京でライブを楽しみ新しい生活を満喫するはずだった。しかし、すぐにコロナ禍の緊急事態宣言が発令されて外出もできず、暇を持て余した。そんな折、最初のゴールデンウィークに彼女はスパイスを買いに行き、一からカレーを作り始めた。
転機となったのは、インド料理のレシピ本を使い始めてからだ。本場インドの料理のレシピに従うことで、劇的に味が向上した。この発見が、彼女のカレー作りへの情熱に火をつけた。あわせて、一人で細々とカレー屋の食べ歩きを始めた。
食べ歩いては自宅でカレーを作り、その写真をSNSに投稿する日々。カレーばかりの投稿が増え、ついにはカレー専用のアカウントを作成した。お店とは関係なく、ただのカレー好きのアカウントとして始めたこのアカウントが、後に店舗のアカウントとして活用されることになる。
転機となったのは、インド料理のレシピ本を使い始めてからだ。本場インドの料理のレシピに従うことで、劇的に味が向上した。この発見が、彼女のカレー作りへの情熱に火をつけた。あわせて、一人で細々とカレー屋の食べ歩きを始めた。
食べ歩いては自宅でカレーを作り、その写真をSNSに投稿する日々。カレーばかりの投稿が増え、ついにはカレー専用のアカウントを作成した。お店とは関係なく、ただのカレー好きのアカウントとして始めたこのアカウントが、後に店舗のアカウントとして活用されることになる。
修行なき開業、情熱が導いた道
松阪に戻ってからも、カレー作りへの情熱は冷めなかった。むしろ、この地域にはスパイスカレーを食べられる店がほとんどないという現実が、彼女の創作意欲を刺激した。月に一度、間借りやイベントでカレーを提供し始めると、お客さんから「お店はどこにあるのか」と聞かれるようになった。松阪では、店舗を持たずに料理を提供するという概念が理解されにくかったという。
本来であれば、カレー屋で修行してから開業するのが王道だろう。しかし50歳を迎えた彼女には、そんな時間的余裕はないと感じていた。今やらなければ、一生やらないだろう。その思いが、未経験のまま開業するという大胆な決断を後押しした。
本来であれば、カレー屋で修行してから開業するのが王道だろう。しかし50歳を迎えた彼女には、そんな時間的余裕はないと感じていた。今やらなければ、一生やらないだろう。その思いが、未経験のまま開業するという大胆な決断を後押しした。
運命の出会いとも言える現在の店との出会い
店舗物件との出会いも、まさに偶然の産物だった。友人の店の近くで物件を探していた時、たまたま貸出の張り紙を見つけた。一棟貸しの物件に対し、1階部分だけを借りたいと交渉。金額が即座に承諾され、やるしかないという状況に追い込まれた。
物件は喫茶恋人という店が2年ほど閉まっていた状態で、昭和49年築の建物は相当に汚れていた。タバコのヤニと油とホコリで、タイルの模様さえ見えないほどだった。しかし、椅子もテーブルも冷蔵庫も、すべてそのまま使える状態で残されていた。初期費用を抑える代わりに、すべて自分で掃除することを条件に契約。DIY好きだったこともあり、タイルを剥がし、壁を塗り、トイレを修理し、数ヶ月かけて店を作り上げていった。業者は一切頼まず、すべて自分の手で。この作業もまた、彼女にとっては楽しい挑戦だった。
2023年11月21日、ついに店をオープン。基本的に自分が食べたいものを作る。ポークビンダルだけは定番として残し、他の3種類は週ごとに変わる。自分の好きな曲を流す。そんな自分の城を持つこととなったのだ。
物件は喫茶恋人という店が2年ほど閉まっていた状態で、昭和49年築の建物は相当に汚れていた。タバコのヤニと油とホコリで、タイルの模様さえ見えないほどだった。しかし、椅子もテーブルも冷蔵庫も、すべてそのまま使える状態で残されていた。初期費用を抑える代わりに、すべて自分で掃除することを条件に契約。DIY好きだったこともあり、タイルを剥がし、壁を塗り、トイレを修理し、数ヶ月かけて店を作り上げていった。業者は一切頼まず、すべて自分の手で。この作業もまた、彼女にとっては楽しい挑戦だった。
2023年11月21日、ついに店をオープン。基本的に自分が食べたいものを作る。ポークビンダルだけは定番として残し、他の3種類は週ごとに変わる。自分の好きな曲を流す。そんな自分の城を持つこととなったのだ。
4種類のカレーにこだわる理由
この店では常に4種類のカレーを提供している。そのうち一種はなるべく辛さ控えめのカレーを準備している。これにより、辛いものが苦手な人や辛さの中和を求める人にも対応している。メニューは旬の地物野菜を中心に組み立てているため、メニューの変わり目はまちまちだ。
また、同じ客が何度も訪れる中で毎回同じメニューでは飽きてしまうかもしれない。4種類のカレーを用意し、さらにそれらを定期的に変更することで、常に新鮮な体験を提供しているのだ。南インド料理を中心に、時にはタイカレーや中華風キーマ、麻婆豆腐カレーを出したこともある。カレーという枠組みの中で、自由に創作を楽しんでいるのだ。
また、同じ客が何度も訪れる中で毎回同じメニューでは飽きてしまうかもしれない。4種類のカレーを用意し、さらにそれらを定期的に変更することで、常に新鮮な体験を提供しているのだ。南インド料理を中心に、時にはタイカレーや中華風キーマ、麻婆豆腐カレーを出したこともある。カレーという枠組みの中で、自由に創作を楽しんでいるのだ。
客の声から生まれた名物ハーフアンドハーフ
開業当初、店ではカレー米とバスマティライスのどちらかを選べるシステムを採用していた。カレー米とは松阪の農家、タカノファームがインディカ米と日本米をかけ合わせて作り出したカレーに合うハイブリッド米。しかし、多くの客がどちらを選ぶべきか迷う姿を見て、カレーの上に少量のバスマティライスを添えて提供することで両方の味わいを楽しめるようにしたのだ。
この試みが予想以上の反響を呼び、やがてハーフ&ハーフという正式なメニューとして確立されていった。一度頼んだ客は、以降ずっと頼むようになるという。この黄色と白のコントラストは、今では店のシンボルとなり、店のイラストにも採用されている。
この試みが予想以上の反響を呼び、やがてハーフ&ハーフという正式なメニューとして確立されていった。一度頼んだ客は、以降ずっと頼むようになるという。この黄色と白のコントラストは、今では店のシンボルとなり、店のイラストにも採用されている。
日々進化するカレー
彼女のカレー作りの特徴は、毎日同じメニューでも、微妙に味が変わる。スパイスの配合を変えたり、常連客からのフィードバックを受けて、辛さを調整することもある。鯖大根カレーは、初日と最終日では辛さが全く違っていた。もっと辛くていいという声に応えて、日に日に辛さを増していったのだ。
スパイスへのこだわりも徹底している。ほとんどのスパイスをホールで購入し、その日使う分だけを煎ってパウダーにする。この手間が、香ばしさと深みを生み出す。ポークビンダルに使うスパイスは、すべてホールから煎ってパウダーにし、それで肉を漬け込む。この工程を毎回繰り返すことで、常に新鮮な香りのカレーが完成する。
バターや生クリームをほとんど使わないのもこだわりだ。多くのインド料理店では生クリームを加えるが、代わりにココナッツミルクを使用。南インド料理の特徴でもあるココナッツは、体に優しく毎日食べても胃もたれしない。自分も毎日食べるからこそ、健康面にも配慮したカレー作りを心がけている。
あわせて、今でも定期的に食べ歩きの旅に出るらしい。日本全国のスパイスカレーの名店を巡り、南インド料理の専門店を訪れ、新しい味との出会いを求める。食べ歩きで得た知識と経験は、すぐにメニューに反映しているという。
スパイスへのこだわりも徹底している。ほとんどのスパイスをホールで購入し、その日使う分だけを煎ってパウダーにする。この手間が、香ばしさと深みを生み出す。ポークビンダルに使うスパイスは、すべてホールから煎ってパウダーにし、それで肉を漬け込む。この工程を毎回繰り返すことで、常に新鮮な香りのカレーが完成する。
バターや生クリームをほとんど使わないのもこだわりだ。多くのインド料理店では生クリームを加えるが、代わりにココナッツミルクを使用。南インド料理の特徴でもあるココナッツは、体に優しく毎日食べても胃もたれしない。自分も毎日食べるからこそ、健康面にも配慮したカレー作りを心がけている。
あわせて、今でも定期的に食べ歩きの旅に出るらしい。日本全国のスパイスカレーの名店を巡り、南インド料理の専門店を訪れ、新しい味との出会いを求める。食べ歩きで得た知識と経験は、すぐにメニューに反映しているという。
妥協なき仕込みの日々
この店の味を支えているのは、店主の徹底した仕込み作業だ。定休日は休息の日ではなく、むしろ最も忙しい日となる。朝10時頃から仕入れに出かけ、夜遅くまで翌週分の仕込みに追われる。手間のかかる作業が山積みだ。
仕込み作業は時に深夜まで及ぶこともある。定休日の方が営業日よりも疲れることがあるというのは、この店の仕込みの過酷さを物語っている。それでも店主はこの手間を惜しまない。
仕込み作業は時に深夜まで及ぶこともある。定休日の方が営業日よりも疲れることがあるというのは、この店の仕込みの過酷さを物語っている。それでも店主はこの手間を惜しまない。
音楽とカレー、共鳴する創造性
彼女がカレー作りに惹かれる理由の一つは、音楽との共通性にある。若い頃からバンドやライブが好きな彼女にとって、スパイスの配合は音楽の作曲に似ているという。それぞれのスパイスが楽器のように個性を持ち、組み合わさることで新しいハーモニーが生まれる。クミンの土っぽい香り、コリアンダーの柑橘系の爽やかさ、カルダモンの華やかな甘さ。これらを調和させる作業は、まさに音楽を作る感覚だ。
店内では常に音楽が流れている。バンドTを着て働き、好きな音楽を聴きながらカレーを作る。この自由な環境こそが、彼女が求めていたものだった。音楽好きの客が来れば、さりげなくその客が着ているバンドTの曲をかける。そんな小さな遊び心が、店の雰囲気を作っている。
店内では常に音楽が流れている。バンドTを着て働き、好きな音楽を聴きながらカレーを作る。この自由な環境こそが、彼女が求めていたものだった。音楽好きの客が来れば、さりげなくその客が着ているバンドTの曲をかける。そんな小さな遊び心が、店の雰囲気を作っている。
カレー屋に音楽関係者が多いのは、偶然ではないのかもしれない。大阪の名店の店主も元ミュージシャンが数多くいる。音楽とカレー、一見無関係に見える二つの世界には、創造性という共通点がある。既存の枠にとらわれず、自由に表現する。その姿勢が、美味しいカレーを生み出す原動力となっている。
現在の店舗がある界隈を選んだのも、音楽つながりの友人たちの店が近くにあったからだ。ロック好きが集まる店が点在するこのエリアは、彼女にとって居心地の良い場所だった。
現在の店舗がある界隈を選んだのも、音楽つながりの友人たちの店が近くにあったからだ。ロック好きが集まる店が点在するこのエリアは、彼女にとって居心地の良い場所だった。
効率より味を選ぶ哲学
飲食業界の先輩や知人から、もっと楽な方法があるのではないかと指摘されることがある。しかし彼女の答えは明確だ。楽をしたいのではなく、理想の味を追求したいからこの方法を選んでいる。手間を省いて味が落ちるなら、その効率化には意味がないのだ。
4種類のカレーを作ることは、確かに大きな負担だ。しかし彼女にとって、4種類のカレーを考案することが最も楽しい作業だという。創造性を発揮できるこの瞬間が、日々の重労働を支える原動力だ。
彼女はもっと美味しいカレーが世の中に存在することを知っている。だからこそ、現状に満足せず、常に研究と改善を続けている。何かが足りないと感じながらも、その正体がまだ掴めていない。この探求心が、日々の重労働を支える原動力となっている。
営業を続けることや、店を維持することが目的ではない。この優先順位の明確さが、妥協のない味づくりを可能にしている。面倒だと感じることもあるが、それでもこの方法を変えるつもりはない。なぜなら、これが彼女にとって唯一の正しい道だからだ。
未完成という完成形
50歳で始めたカレー屋は、今年で3年目を迎える。当初は2年持てばいいと思っていたが、なんとか続いている。貯金が一定額まで減ったら閉店すると決めているが、今のところその心配はない。原価率を細かく計算せず、自分が食べたいものを作るというスタイルは、商売としては間違っているかもしれないが、妥協したくない。
彼女は自分を料理人とは呼ばない。ただのカレーフリークだと言う。
カレーが好きで、カレーを作るのが上手くなりたくて毎日カレーを作っていたら、いつの間にかカレー屋になっていた。
都会に行かなければ食べられない美味しいカレーを、松阪で作りたい。それが彼女の目標だ。まだまだ理想には届いていないと感じているが、未完成だからこそ、明日も新しいカレーを作る理由がある。
彼女は自分を料理人とは呼ばない。ただのカレーフリークだと言う。
カレーが好きで、カレーを作るのが上手くなりたくて毎日カレーを作っていたら、いつの間にかカレー屋になっていた。
都会に行かなければ食べられない美味しいカレーを、松阪で作りたい。それが彼女の目標だ。まだまだ理想には届いていないと感じているが、未完成だからこそ、明日も新しいカレーを作る理由がある。
偶然が紡いだ必然の物語
振り返れば、すべてが偶然の連続だった。しかし、その偶然を必然に変えたのは、彼女自身の行動力と情熱だ。やってみよう、作ってみよう、食べてみよう。その好奇心が、今の店を作り上げた。
看板は昔の喫茶恋人のままで、知っている人だけが来る、隠れ家のような店。それでいい、むしろその方が、彼女の理想に近い。派手に宣伝するつもりはなく、口コミで広がっていけばいい。実際、常連客の多くは、友人の紹介やSNSで店を知った人たちだ。
客層は驚くほど幅広い。若い女性の二人組が恋バナに花を咲かせる隣で、高齢の常連客が一人静かにカレーを味わう。若い常連客は海外から帰国して真っ先に訪れ、退院したばかりの客が松葉杖をつきながらやってくる。引っ越しの日に最後の食事として選んでくれる人もいる。それぞれの人生の特別な瞬間に、彼女のカレーが寄り添っている。
完璧を目指さず、常に変化し続ける。その姿勢こそが、多くの人を惹きつける理由なのかもしれない。52歳で始めた新しい挑戦は、まだ始まったばかり。明日はどんなカレーが生まれるのか。それは彼女自身にも、まだわからない。
看板は昔の喫茶恋人のままで、知っている人だけが来る、隠れ家のような店。それでいい、むしろその方が、彼女の理想に近い。派手に宣伝するつもりはなく、口コミで広がっていけばいい。実際、常連客の多くは、友人の紹介やSNSで店を知った人たちだ。
客層は驚くほど幅広い。若い女性の二人組が恋バナに花を咲かせる隣で、高齢の常連客が一人静かにカレーを味わう。若い常連客は海外から帰国して真っ先に訪れ、退院したばかりの客が松葉杖をつきながらやってくる。引っ越しの日に最後の食事として選んでくれる人もいる。それぞれの人生の特別な瞬間に、彼女のカレーが寄り添っている。
完璧を目指さず、常に変化し続ける。その姿勢こそが、多くの人を惹きつける理由なのかもしれない。52歳で始めた新しい挑戦は、まだ始まったばかり。明日はどんなカレーが生まれるのか。それは彼女自身にも、まだわからない。
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※記事の内容は、公開時点の情報です。記事公開後、メニュー内容や価格、店舗情報に変更がある場合があります。来店の際は、事前に店舗にご確認いただくようお願いします。
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