ライター : 鎌上織愛

幼児食アドバイザー、グルメ旅ライター、お土産コンシュルジュ

はじまりは、ひとりの「どうしても作りたい」という夢

コーヒー栽培を始めた、故・𠮷玉誠一さん
40年以上前、徳之島でコーヒー栽培を始めた人がいます。南米のコーヒーに憧れを抱き、いつか自分の手でコーヒーを作りたい――そう願っていたのは、故・𠮷玉誠一さん。しかし、夢見た土地へ行くことは叶いませんでした。

そんなある日、たまたま休暇で訪れた徳之島でキャッサバが育っているのを見て「この島の環境なら、コーヒーができるのではないか」と、ふと発想がひらめいたそうです。

苗木を探し、縁をたどって100本のコーヒー苗を手に入れ、植えてみる。しかしコーヒー栽培の挑戦は、そこからが本当のスタートでした。国内での栽培情報はほとんどなく、頼れるマニュアルもない。台風は容赦なく畑を叩き、強風が枝を折り、実りを落としました。

畑を変え、方法を変え、何度も何度も失敗を重ねた𠮷玉さん。それでもやめなかった理由は、驚くほどシンプルだったといいます。

「ただ作りたかっただけ」。

このまっすぐな個人の情熱が、徳之島コーヒーの原点なのです。

海外の常識が通用しない。「温暖な島の気候」はやさしくない

コーヒーといえば、標高の高い山地で育つイメージが強い作物です。海外の主要産地では、標高が高く、寒暖差が生まれやすい環境が“コーヒーの味”にも影響するとされます。

けれど徳之島は、標高の高い場所でも600m程度。さらに大きな違いは、乾季と雨季がはっきりしないことでした。
コーヒーの花
通常、コーヒーは乾季をきっかけに花が一斉に咲き、その後の雨季に実が育つため、収穫期がまとまりやすい植物です。ところが徳之島では年間を通して雨が多く、花が一斉に咲かず、時期をずらしてぽつぽつと咲いてしまいます。そのため、収穫期間が長期にわたってしまうのです。

そして、この島で避けて通れないのが台風。強風は木を揺さぶり、枝を傷め、実を落とします。根腐れにつながるような集中豪雨がある一方で、徳之島の強い日差しによって水不足にもなることも。葉が焼けるほどの気温にさらされる日もあるといいます。

温暖という言葉だけではとても言い表せない、過酷な自然条件。徳之島でコーヒー栽培を続けること自体が、ひとつの大きな挑戦でした。

「日本の農業技術」が活きる。手間が“価値”になる設計

剪定に関する意見交換を行なっている生産者会の皆さん
海外の広大な農園は、多くが大規模な機械化を前提とした栽培です。しかし徳之島は土地の条件も違い、同じ発想のままでは成り立ちません。そこで必要になるのが、一株ずつの個別対応。手作業での管理が増えるぶん負担は大きくなりますが、同時に細やかさが品質に直結します。

その最たる例が【剪定】です。海外では数年単位の大きなカットバックが中心とされていますが、徳之島では小さな変化を見ながら手を入れていく、日本ならではの剪定を取り入れています。徳之島では、国内産地との交流を通じて剪定技術を学び、品質向上につなげる動きが広がっているそうです。

台風や豪雨に耐える設計、木の状態に合わせた管理、長い収穫期間に対応する段取り。“手間がかかる”ことは弱点であると同時に、丁寧さとして価値になり得る――徳之島の栽培は、そんな構造を持っています。

2017年、個人の夢が“チーム”に。支援プロジェクトが動き出す

長く続いてきた挑戦が、大きく動いたのは2017年。徳之島コーヒーの取り組みは、伊仙町役場、丸紅株式会社、味の素AGF株式会社の支援を受けて、「生産支援プロジェクト」として本格化したのです。プロジェクトが目指したのは、徳之島で育つコーヒーを“作って終わり”にせず、島の次の世代へ引き継いでいけるように支えることでした。

コーヒーは、始めてすぐ収入になる作物ではありません。苗を植え、木が育ち、収穫できるようになるまでには3〜4年という期間がかかります。その“空白の期間”をどう支えるかが、産業化の課題。支援体制には、技術サポートや研修、資材の提供、技術者の招聘などが含まれ、継続のハードルを下げる役割を果たしてきたのです。
そして2025年10月、ギアを1段階上げたこの取り組みは「徳之島コーヒーアイランドプロジェクト」と名称を改め、島内外の認知拡大を目指した新たなプロジェクトへと発展しています。夢は個人のものから、島の未来の話へ。徳之島コーヒーの物語は、着実に大きく広がっています。

“栽培だけじゃない”品質づくり。精選と焙煎の改善が味を変える

焙煎機で焙煎を行っている様子
徳之島の挑戦は、畑の中だけで完結しません。コーヒーは収穫後におこなう工程――精選処理と焙煎が、味を大きく左右します。

栽培初期の徳之島コーヒーは、精選処理が十分でなく、水に浮くような品質の低い豆が混ざることもあったそうです。そこで数年前から機械の導入が進み、効率的で安定した処理が可能になりました。

焙煎についても、島では体制を整えています。なんと自治体が焙煎機を導入し、技術指導を受けながら定期的に焙煎を行っているとのこと。少量生産だからこそ、焙煎の一回一回が重要で、経験を積みながら“島の味”を磨いている段階です。

現在、徳之島コーヒーの生産規模は決して大きくはありませんが、そのぶんひとつひとつの工程改善がダイレクトに味や品質に反映されやすいフェーズにあります。

「クセのない」味わいこそが徳之島コーヒーの個性

Photo by macaroni

徳之島コーヒーは、海外の高地産地で感じられるような、華やかなフルーティーさや厚いボディ感が出にくいという課題があるといいます。標高や寒暖差の条件が、味の方向性に影響しているためです。けれど、だからこそ際立つ特徴があります。

徳之島コーヒーの味わい

  1. すっきりしてクセが少ない
  2. クリアな口当たり
  3. ブレンドしてもほかの味を邪魔しない
強い個性はないけれど、飲みやすさのなかに島のやわらかな空気を感じる一杯――それが徳之島コーヒーの最大の特徴です。

もうひとつ徳之島産ならではのメリットは、鮮度です。海外産地からの輸送には時間がかかり、コンテナ輸送の環境によって味わいが変化する場合もあります。国内でも長期保管されてから流通するケースがあるなかで、徳之島コーヒーは数が限られているため、古い豆が出回りにくいのです。
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