ライター : macaroni松阪特派員 たけ

松阪市 地方活性化企業人

風格漂う町の寿司屋

Photo by macaroni

松阪市の伊勢中川駅から歩いて約10分。町の時間がゆっくりと流れるような北部エリアに「鮨田」はある。控えめな門構えの奥にあるのは、半世紀以上を寿司とともに歩んできた店主・吉田国昭さん(76)の人生が積み重なった空間である。

様々な店を渡り歩き腕を磨き続けたそんな吉田さんの半生を伺った。

中学卒業後すぐに大阪へ─名店『鮨萬』で始まった職人人生

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吉田さんのキャリアは、中学卒業と同時に大阪の老舗寿司店「鮨萬(すしまん)」に入ったことから始まる。同店は創業370年を超える歴史を持ち、百貨店やホテルへ多数出店する大型の寿司企業で、当時から名の知れた存在だった。

鮨萬では細かな工程にまで役割分担があり、段階を踏んで技術を磨くことができたと振り返る。1年目は鱗取りだけ、2年目で頭を落とし腹を裂く作業、3年目でようやく魚をおろす工程を任されるというような下積み時代があった。ご飯炊きの作業も薪を使うため、誰よりも早く起きて火を起こす必要があった。厳しくも規律ある日々の中で、寿司職人としての土台が築かれていったのである。


大阪の名店で過ごした3年間は、吉田さんにとって寿司職人としての基礎を固め、原型を形づくった重要な時期である。厳しい下積みの年月は今日の技を支える土台となり、現在の「鮨田」で提供される寿司にも確かな影響を与えていることだろう。

津へ戻り、さらに3年の修行──職人としての根を伸ばす

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大阪での修業を終えた吉田さんは、次なる修業の場として地元の津へ戻った。こちらでも約3年を過ごし、実直に仕事へ向き合う日々を送った。「有名というより普通の店やけど」と言うが、そこで学んだ仕事は吉田さんの確かな技術に深く根を張っている。厨房での段取り、魚の扱い、寿司として仕上げるまでの思考と手順。職人としての幅や応用力はこの時期に大きく広がった。
修行時代に最も影響を受けた人物が、津で働いていた頃の兄弟子だという。厳しく、時には鬱陶しく感じるほど口うるさかったが、技術面だけでなく世間のことまで多くを教えてくれた存在だった。当時は10歳年上ということもあり、精神的にも大きな壁として立ちはだかった。しかし今振り返ると、職人としての姿勢や人間としての考え方まで多くを与えてくれた恩人であったと語る。

百貨店・専門店・テイクアウト寿司…多彩な現場で経験を重ねる

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その後、1973年に津駅の駅ビル「チャム」が誕生した際には、同ビル内の魚屋で勤務。魚屋の息子が寿司屋を営む形態で、鮨職人としての経験をさらに活かせる環境だった。またその後も、イオンモールやララパークなど、さまざまな商業施設で寿司に携わることとなる。

この頃の吉田さんは、まるで“旅をする職人”のように環境を変えながら働き続けていた。「その時の状況で色々行きましたわ」と語るが、この多様な現場経験が後の独立に向けた柔軟さと適応力を育てたのは間違いない。

一番長く勤めたのはララパークのテイクアウト寿司

吉田さんが最も長く勤めたのは、ララパーク内の企業運営のテイクアウト寿司店である。ここでは、大型商業施設の動線・ピーク時間帯・客層の特徴など、店舗運営のリアルな現場を深く学んだ。大量調理と品質管理の両立、商品の展開方法など、小規模店とは全く異なるノウハウが求められる場であった。

この経験は後の独立後にも大きな武器となり、吉田さんの寿司づくりへの視点を「商品としての寿司」と「職人の技としての寿司」の両面から捉えるものへと広げた。

1988年、出前専門店として独立─39歳の決断

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ランチで一番人気の寿司セット:1,400円
吉田さんがついに独立したのは1988年、39歳のとき。周囲からは「早よせぇへんのか」と急かされたこともあったが、吉田さん自身はタイミングを計っていたわけではないという。とはいえ、本人の中には強い“計画”があったわけではなかった。「そんなんない。サラリーマンしようと思っとったんやけどな。刺激もなくなるし、一つのところに長いことは続かんわ」と振り返る。

土地を貸してくれる友人がいたことが大きな後押しとなり、出前専門の寿司店として最初の店を構えた。店舗は約10坪、客席はなく、調理場のみ。電話注文を受けて車で届けるという、シンプルだが機能的なスタイルで営業した。

「規模も決まっとったし、倉庫みたいなもんでええと思ってた」と振り返る吉田さん。最初に構えた店は小さな店だったが、電話注文を受け車で届けるスタイルが地域に受け入れられ、10年以上続いた。見栄を張らず、与えられた条件の中で最善を尽くす。この“地に足のついた独立”は吉田さんの人柄そのものだ。

回転寿司ブームの波と独自路線

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寿司ランチには天ぷらも付いてくる
その後、時代の空気に後押しされるように、店は“回転寿司”へと業態を変えていく。場所は近くのテナントを借り、再スタートを切った。1990年代後半は、かっぱ寿司や今は無きアトムボーイなど大手回転寿司チェーンが勢いを増し始めた時期である。(アトムボーイは現在「海鮮アトム」として、福井にて営業を続けているようだ。)

回転寿司をやるという考えは以前から持っていたという吉田さん。景気も良かった時代背景もあり、挑戦への迷いはなかった。しかし、のちに100円均一の全国チェーンが次々と参入し、流れは一変する。それでも、吉田さんはその変化を冷静に受け止め、自身の次のステージへと進んでいった。

10年続いたテナント営業と“場所を変え続けた理由”

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天ぷらを揚げるのは女将さんが担当する
回転寿司店のあとは、カウンター形式の寿司店へと再び業態を変更。テナントでの営業は10年ほど続いたが、「同じところでずっとやってると飽きてくるな」と笑って振り返る。現在のお店に移ってきたのも約10年前。意図していたわけではないが、ふたを開けてみれば数年ごとに新しい場所へ移りながら店を続けることになった。

思い出深いエピソードを尋ねると、「粛々とやっとった感じやな」と控えめに答える。しかし、長い年月の中で地域の顧客は確かに存在し、回転寿司時代から通い続けた高齢の常連客も多かったという。「もう皆亡くなってしもたけどな」と寂しそうに笑うが、その言葉には長年地域に根ざしてきた寿司職人ならではの重みがあった。

店づくりへのこだわりは「大工さんに任せた」シンプルな原点

店を作るにあたり明確なこだわりがある職人も多いが、店舗づくりについて「特にこだわりはないでさ。大工さんに任せとった」と笑う。華美な装飾やコンセプトよりも、必要な設備を整え、寿司と真摯に向き合える環境を優先したという姿勢がにじむ。「飾りすぎず、背伸びせず」という吉田さんの生き方が、そのまま店の空気をつくっているのだ。

変わり続けた店名と、最後に辿り着いた「鮨田」

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働く場所が変わるなか、店名もまた変化していった。ひとつ前の店は「鮨大将」、回転寿司は「グルメ吉田」など、時代や業態に合わせて名称を変えてきた吉田さん。しかし、現在の「鮨田」という屋号には、明確なこだわりがある。

「“鮨”の字が昔から好きやったんや。自分の“吉田”の“田”と合わせて“鮨田”。これは店名としていけるやろと思ったでさ」

複数ある「すし」の漢字の中でも、職人の原点である「鮨萬」の影響がどこかに残っているのかもしれない。吉田さん自身は「そんな意識はないけどな」と笑うが、修行時代の3店舗の電話番号まで覚えているというから、その記憶の深さは確かだ。

“作るものをいかにちゃんとするか”という原点

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吉田さんが今も大切にしているのは「提供するものを、ちゃんと作る」という極めてシンプルかつ本質的な姿勢である。お客にもさまざまな人がいるが、評価は相手に委ね、自分がやるべきことを淡々と積み重ねるだけだという。

かつては飲み歩く客も多かったが、今ではそうした光景も減り店の空気も変化した。しかし吉田さんの仕事のスタンスは一切揺らがない。テイクアウトは盆や正月に限定して受け付けるなど、無理をせず、自分のペースを貫く営業スタイルだ。

終の店舗、自分のペースで粛々と

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最後に、お客へのメッセージを伺うと、吉田さんは笑顔でこう語った。

「ここのお店が最後やろうから、もう今は自分のペースでやっとるでな。なんも気にせずゆっくりと来てください」

76歳になった今も、自分の手と感覚を信じ、日々の仕事を丁寧に積み重ねる吉田さん。「鮨田」の味と空気には、長い年月と経験から生まれる職人の重みが確かに宿っている。
鮨田
〒515-2321
三重県松阪市嬉野中川町453
土曜日
11:00〜14:00
16:30〜21:30
月曜日
11:00〜14:00
16:30〜21:30
火曜日
定休日
水曜日
定休日
木曜日
11:00〜14:00
16:30〜21:30
金曜日
11:00〜14:00
16:30〜21:30
土曜日
11:00〜14:00
16:30〜21:30
日曜日
11:00〜14:00
16:30〜21:30
開閉
0598-42-5995
L.O
ランチ:13:30、ディナー:21:00
席数
カウンター8席、テーブル4名掛け×3
定休日
火、水
最寄駅
中川新町駅徒歩10分
支払方法
現金のみ
平均予算
ランチ:〜2,000円、ディナー:〜5,000円
駐車場
店近くに6台程度
禁煙
ランチ
ディナー

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