ライター : macaroni松阪特派員 たけ

松阪市 地方活性化企業人

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田園風景広がる松阪市嬉野権現前。店の眼の前には一面田んぼが広がっている。そんなのどかな風景の端に、「地鶏屋」はある。松坂牛で知られる松阪市だが、地元民が日常的に食べている焼き肉は”牛”ではなく、”鶏”である。

そんな鶏焼き肉に心を奪われ、若き日より自分の店舗を持つ夢を叶えたのがこの店の主、粂谷泰昭さん(51)。飲食未経験ながら持ち前の思い切りの良さで、友人と鳥焼き肉専門店を立ち上げた。今や系列店を含め3店舗を運営している。

今回はそんな粂谷さんに話を聞いた。

車屋から飲食へ─異色のキャリアの始まり

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粂谷さんのキャリアは飲食とは異なる道から始まる。高校卒業後、約1年ほど別業種で働いたのち、19歳でいきなり車屋として独立する。父が営んでいた車屋を引き継ぐ形だったが、「継いだ」というより結婚など人生のタイミングが重なったからだという。挑戦だったが「絶対成功させる自信があった」と当時を振り返る。

独立後間もなく、父が体調を崩し、22歳頃に他界。急な別れのなかでも車屋を続けたが事業外の問題に巻き込まれ、最終的に26歳頃に車屋を閉じることとなった。

人間不信に陥った2年間と“生き返り”の瞬間

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その結果、粂谷さんは深刻な人間不信に陥り約2年間ほとんど外に出られない生活を送った。「今まで何をしてきたんやろ」と精神的に追い詰められ、薬に頼る日々が続いたという。貯金が尽き、生活するなかで追い込まれ、ある日のこと「死んでやろうと思った」と振り返る。

しかし奇跡的に目覚め、「生き返ったみたいな感じやった」と話す。その瞬間、「俺に生きろってことだな」と直感したという。このどん底を見た経験がその後の人生の強い土台になったことは間違いない。
心身が徐々に回復しはじめた28歳頃、粂谷さんは知人の紹介でトラック運送業の世界へ飛び込むことを決意する。驚くのはその行動力だ。「いきなりトラック買って、いきなり起業しました」とあっけらかんと話す。業界の仕組みを知人に教わり、仕事も分けてもらいながら独り立ちしていった。

“鶏焼き肉屋をやりたい”という長年の想いの再燃

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そんな中でも「鶏焼き肉屋をいつかやりたい」という想いはずっと持ち続けていた。トラック運転の傍ら、居酒屋を営む知人に「一緒にやらへんか」と声をかけたのが始まりだった。何度か声をかけたところ知人の仕事が一段落していた際に、本格的な話し合いがスタートした。
結果として、地鶏屋はその知人が出資者兼共同経営者となる。「自分には飲食の経験もそんなになかったし」と粂谷さん。この時39歳、長年の夢だった「鶏焼き肉屋をやる」スタートラインにようやく立つことができた。

オープンまでの半年間の準備とDIY

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出店場所は、粂谷さんの知人が所有していた元車屋の物件だった。出身は松阪市の南部エリアだが、「なぜか嬉野という土地がしっくりきた。」と直感で選んだという。

賃貸契約を結び、全面的な改装が必要となったが、「お金をかけないように床は自分たちで剥いだ」と笑う。その他の部分は知り合いの大工が手伝い、図面を引いてから約半年で店舗が完成した。

創業初期を支えた学びとオペレーションの確立

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2014年5月28日、ついに「地鶏屋」がオープンした。「泣けましたよ。嬉しくて」と粂谷さん。19歳で仕事と家庭を背負い、26歳で心のどん底を経験し28歳で再起、39歳で夢に向かって踏み出した。その積み重ねが形となった瞬間だった。

創業当初、粂谷さんは居酒屋オーナーである共同経営者から、衛生管理や肉の処理方法といった基礎的なオペレーションを学んだという。飲食未経験でのスタートだったため、「きちんと“食の土台”を理解しておく必要があった」と振り返る。

粂谷さんは当時トラック運送業を続けながら、昼は共同経営者、夜は自身が店に立つという二重生活だった。しかし、軌道に乗せるために別に店長を雇っていたものの、この判断が思わぬ障壁となった。様々な要因から客離れを招くようになっていたという。

友人から「もうお前の店には行かへんぞ」と言われ、初めて深刻さを理解した。問題を把握した粂谷さんは運送業を辞めて店にフルコミットする決断を下した。「結局、自分がいないとダメなんだなって」。しかし、地鶏屋での収入がゼロの期間も約2年間続き、経営はまさに地獄のような苦しさだったと語る。

利益を圧迫した“ランチの罠”

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創業期の大きな誤算が、ランチ営業だった。
当初、昼の仕込み時間を利用した“広告代わり&人件費補填”としてスタートしたが、これが想像以上の負担となった。価格設定が安すぎた上に、唐揚げランチが爆発的に売れたことで仕込みが膨れ上がり、ランチの客数が増えるほど人件費も仕込みも増大してしまった。

「ランチは唐揚げが大人気やけど、うち鶏焼き肉のお店なんやけどね…でももうやめれへんですね」と粂谷さんは苦笑する。常連客がつくまでには約2年を要し、その期間はひたすら忍耐だったという。

その後順調に軌道に乗り始め、2018年に2店舗目を津市藤方に、2023年に3店舗目を松阪市高町に出店することができた。

“朝引き錦爽鶏”を楽しんでもらうためには手間を惜しまない

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一番オトクなCセットは1,800円
こだわりについて尋ねると、返ってきたのは迷いのない言葉だった。

「地元の食材を使うようにしてます。鶏も朝引きの錦爽鶏ですね」

それは店名の“地鶏屋”にも掲げられている。毎朝さばいてもらったばかりの鶏肉を、開店直前の11時過ぎに納品してもらう。毎日その日に売れる分だけを仕入れるため、完売で早めに終わる日があるのもこの店らしい。

営業開始ギリギリまで仕込みが続く中でも、若鶏の準備と唐揚げの仕込みは必ず開店までに終わらせる。鮮度を最優先する姿勢が、食べた瞬間に伝わる柔らかさと旨味を生み出している。

地鶏屋のもう一つの柱は「いろんな部位や味を手頃な価格で楽しんでほしい」という想いだ。鶏焼肉における味のバリエーションは、他店を圧倒する豊富さを誇る。味噌だれ・塩だれといった基本のタレから、部位の種類まで細かく作り込まれている。

人気部位は“親鶏”と“くび(せせり)”

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松阪近郊では養鶏場が多かったことから、卵を産まなくなった親鳥を食べる食文化が発展していった。
よく出る部位について問うと、「親鶏が好きな人はめちゃめちゃ好き。あとはくび。それしか食べへん人もいます」とのこと。特に親鶏は“一度ハマると離れられない”と評判だ。

通常の親鶏は固く筋張った食感のものが多いが、地鶏屋では包丁の入れ方を工夫することで、親鶏特有の噛み応えを残しつつも柔らかく食べやすい仕上がりにしている。大きく切ると固さが残るため、絶妙なサイズに調整して提供する点に職人技が光る。

「親の皮が一番うまいんですよ。女性のお客さんには“いつまでも口の中に残る〜!”って言われたり、逆に“なんで親がこんな柔らかいねん”って驚かれることもありますね」と粂谷さんは笑う。

こだわりは“タレ”に集約される—“地元に愛される味”を目指したタレの進化

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Bセット、Cセットではほぼすべての網焼きメニューの中から選ぶことができる。
味噌だれ・塩だれ・やみつきダレなど種類は多いが、そのベースとなる味づくりは長い試行錯誤によって磨かれてきた。特に味噌だれは開発に時間を要し、運送業に従事していた時代から「いつか鶏焼き肉をやるなら」と独学で挑戦していたという。

味噌ダレは地元の鶏焼肉文化で親しまれる豆味噌をベースに、丁寧に火を入れて仕込んでいる。火入れによりニンニクの香りがまろやかになり食べやすく、匂いも残りにくいという。塩ダレは塩麹をベースに、複数の調味料とスパイスを組み合わせ、あっさりしながら深みのある味に仕上げている。工夫を凝らした隠し味がファンを惹きつけているのだろう。

「自分が子供のころから食べてた鶏焼き肉のお店の味噌ダレは、にんにくのパンチがすごくて。でも苦手な方もいるかもしれないので、うちは別料金で後から追加してもらう方式にしています」という。お客の立場に立った、先を見越した配慮を感じる。

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他にも地鶏屋が松阪で初めて提供したという部位が「ソリレス」だ。粂谷さんは「松阪ではうちが最初だと思いますよ」と自信を見せる。ソリレスはフランス語で、“これを食べずに残す者は愚か者だ”という意味を持つ希少部位。鶏の腿の付け根に近い肉で、一羽からわずかしか取れず、濃厚な旨味が特徴である。

食べ手の常識を覆す体験が、地鶏屋の若鶏には確かにある。

人気の唐揚げは“5種類”—万人受けの「黒味噌」、若者に人気の「やみつき鶏」

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黒味噌はしっかり味濃いめ。箸で持てないほどの唐揚げはほぼこぶし大!
元々は「食べたい」というお客の声に応える形で始めた唐揚げは、現在5種類を提供している。唐揚げを提供するための設備すらなかった状況で、当初はフライパンで揚げていたというエピソードも印象的だ。注文が増えるにつれフライヤーを導入し、今では地鶏屋の代表的メニューのひとつとして根付いている。

すべての味にぞれぞれ根強いファンがいる。万人受けの「黒味噌」は鶏焼肉の味噌ダレとは別に独自調合したタレを使用している。若い世代に圧倒的な支持を集めるのが「やみつき鶏」。カットした唐揚げに特製ダレを絡め、ごまを振りかけて仕上げる。甘辛さと香ばしさのバランスが絶妙で、リピート率の高いメニューとして定着している。

店を支えるのは「人」との関係性

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店づくりの根幹として大切にしていることを聞くと、粂谷さんは「人との関係性、コミュニケーション」と即答した。

従業員に対しては「厳しさだけでなく、楽しい環境ややりがいをつくる」ことを心掛ける。一方で、田舎だからこそSNSよりも“直接向き合うコミュニケーション”を大切にしており、常連との会話や地域との関係を丁寧に育ててきた。

楽しく働ける空間づくりは、従業員だけでなく、お客との関係性にもそのまま繋がっている。

海外進出という夢と、これからの地鶏屋

今後挑戦したいことについて尋ねると、「グローバルスタイルですよね。海外進出」と粂谷さんは語った。実はタイでの出店話が進んでいたものの、コロナの影響で頓挫。しかしその夢は今も頭の片隅にあるという。

「本当は50で隠居するつもりだったのに、まだやらなあかんなって思ってます、笑」と冗談交じりに話したが、その言葉の裏には地鶏屋を守り続ける覚悟が垣間見えた。

読者へのメッセージ─「地鶏屋の鶏を楽しんでもらいたい」

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最後に記事を読む人やこれから来店する人へメッセージを求めると、粂谷さんは短く、しかし力強く言った。

地鶏屋の鶏を楽しんでもらいたい」─本当に伝えたいことを一言でまとめるとこの一言に尽きるのだろう。

“飲めるほど柔らかい”若鶏の食感に驚く人もいれば、親鶏の濃厚な旨味に感動する人もいる。どの料理にも“朝引きの鮮度”と“粂谷さんのこだわり”が詰まっているからこそ、食べる人それぞれに違った驚きと感動が生まれる。

「本当はいろんな部位をもっと食べてほしかったですね…」と名残惜しそうに笑った粂谷さん。その言葉に、地鶏屋という店が10年以上も愛され続ける理由が凝縮されていた。

地鶏屋 本店
〒515-2323
三重県松阪市嬉野権現前町415−1
金曜日
11:30〜14:00
17:00〜23:00
月曜日
11:30〜14:00
17:00〜22:00
火曜日
11:30〜14:00
17:00〜22:00
水曜日
定休日
木曜日
11:30〜14:00
17:00〜22:00
金曜日
11:30〜14:00
17:00〜23:00
土曜日
11:30〜23:00
日曜日
11:30〜22:00
開閉
0598-42-1151
席数
70名(4名掛けテーブル×4、6名掛け座敷×4、10名掛け座敷×3)
定休日
水曜日
L.O.
ランチ:13:30、ディナー:21:30・金土のみ22:30
最寄駅
伊勢中川駅から車で5分
支払方法
各種クレジットカード、電子決済、QR決済可
平均予算
ランチ:〜2,000円、ディナー:5,000円
駐車場
店前10台
系列店
計3軒(藤方店・高町店)
禁煙
ランチ
ディナー

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