ライター : macaroni松阪特派員 たけ

松阪市 地方活性化企業人

時代の波を越えて、一人の料理人が貫いた信念

Photo by macaroni

松阪市光町の一角に、黄色い看板が目印の中華料理店「仙龍」がある。店主が25歳で独立してから35年。バブル崩壊、リーマンショック、そして新型コロナウイルスという幾多の試練を乗り越え、今もなお地域に愛され続けるこの店には、1人の料理人が守り抜いてきた哲学がある。それは、派手な演出や過度な接客ではなく、誰もが気軽に入れる静かな空間と、ぶれることのない味を提供し続けることだった。

今日はそんな仙龍の店主、濱井場勇さんに話を伺った。

見て覚える時代の厳しさと、そこから生まれた独自の工夫

濱井場さんが料理の世界に足を踏み入れたのは、調理師学校を卒業した19歳の時。基礎を学んだ後、松阪市内の中華料理店で見習いとして修行を始めた。最初に勤めたのは国道166号線沿いの龍苑。その後も合わせて三軒の店で腕を磨いた。しかし、その修行時代は決して楽なものではなかった。

当時は高度経済成長期の余韻が残る時代。飲食店は連日の忙しさに追われ、見習いの若者たちは料理を覚える時間よりも、出前に費やす時間の方が圧倒的に多かった。朝10時から夜11時まで、実に12時間以上の労働。座る暇もなく、唯一の休息は自転車やバイクで出前に向かう移動時間だけ。団地の4階まで重い出前を運び、下げ物を留守で受け取れなければ再び訪問する。一つの配達先に3回足を運ぶこともあった。

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昭和の料理界では、見習いとは文字通り見て習うもの。親方が味見のために小皿に取った料理を渡され、それで味を覚えろと言われる。手取り足取り教えてもらえる環境ではなく、すべてを自分の目と舌で盗み取らなければならなかった。

しかし、この厳しい環境が、後に店主独自の調理法を生み出すきっかけとなる。画期的だったのが、調味料の計量方法だ。多くの中華料理人がお玉で調味料を取るのに対し、彼はスプーンを使うことにした。

お玉には濡れている部分があり、毎回微妙に量が変わってしまう。さらに、空腹の時、満腹の時、体調が悪い時では、同じ料理でも味にムラが出てしまう。スプーンを使えば正確な量が分かるだろうと何度も繰り返すうちに、手に持った瞬間に多い少ないが判断できるようになった。この方法により、たとえ味覚障害になったとしても料理が作れるという確信を得た。

独立への道のりと、借金への重圧

25歳で独立を決意した時、店主には3歳と1歳の子供がいた。若さゆえの勢いもあったが、現実は厳しかった。店舗の内装、厨房機器、そして車の購入。すべてを合わせると大金が必要だった。当時の厨房機器は今よりもはるかに高価だったのも影響がある。

月々の売上から材料費や光熱費を差し引けば、手元に残る金額はわずかだった。しかし、後戻りはできない。家族を養い、借金を返済し、店を続けていくためには、ただひたすら前を向いて走り続けるしかなかった。

店舗選びの眼と、消えていった同業者たち

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仙龍の場所を選んだ理由は、人の流れだった。店舗前の大通りからの直線は、当時多くの飲食店が軒を連ね、客足が絶えなかった。しかし、35年という歳月の中で、周辺の風景は一変した。開店当時から今日まで残っている店は、近くのフランス料理店ロアンヌただ一軒。他の店舗はすべて入れ替わり、仙龍の目の前だけでも中華料理店が三軒、次々と開店しては閉店していった。

特に厳しかったのは、コロナ禍の10年ほど前からの時期だった。次々と周辺の店が潰れていく中、いつ自分の番が来るのかという恐怖と戦う日々。店主は定休日をなくし、深夜12時まで営業を続けた。一組でも二組でもお客を取らなければならない。そうしなければ生き残れないという切迫感があった。

夜遅い時間の酔客が増え、閉店時間は午前2〜3時になることも珍しくなかった。布団に入っても仕事のことが頭から離れず、明日店に行ったら何をするか、どの順番で作業を進めるかを考え続けた。店にいる時だけが落ち着く時間だった。休日に車で走っていても、繁盛している飲食店を見かけると、今日は休んでいる場合ではなかったと後悔する。ほとんどノイローゼに近い状態だったという。

守りの経営と、酔客に頼らない戦略

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多くの飲食店が苦境に陥る中、生き残りをかけて酒類の販売に力を入れる店が増えた。ビールの半額セールや、居酒屋のような雰囲気作り。しかし、濱井場さんはその道を選ばなかった。なぜなら、そうした店作りは一般客を遠ざけると考えたからだ。

月に一度、2万円を使う客よりも、週三回、850円のランチを食べに来るお客の方が、年間を通せば大きな売上になる。この計算に気づいた時、店主の方針は明確になった。常連客が作り出す居酒屋的な雰囲気ではなく、誰もが気軽に入れる静かな空間を維持すること。

だからこそ、店主は必要以上に客と話し込まない。注文を受け、料理を作り、会計をする。最低限の会話はするが、カウンター越しに長話をすることはない。料理が出来上がれば、一旦厨房の奥に引っ込む。この距離感が、多くの一人客にとって心地よい空間を作り出している。35年通う常連客でさえ、店主は名前も住所も職業も知らない。ただ顔だけを覚えている。それでいいのだと、濱井場さんは考えている。

ランチ戦略と、イメージとの戦い

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現在、仙龍のランチメニューは一律800円。醤油ラーメン、味噌ラーメン、塩ラーメンには唐揚げ二個とライスが付く。利幅は極めて薄いが、赤字ではない。ギリギリのラインで価格設定をしている。
多くの店が日替わりランチを提供する中、仙龍があえて固定メニューにこだわる理由がある。確かに日替わりメニューの方が客は喜ぶかもしれない。しかし、日替わりランチは在庫整理だと言われた時代がある。しかし固定メニューであれば、そうした誤解は生まれない。

ランチは儲からないが、宣伝費だと考えれば一人のランチ客の増減が長期的には大きな影響を及ぼす。月単位、年単位で見れば、ランチ客の積み重ねが店を支えている。だからこそ、ランチの価格は、最初は500円で始め、現在の800円に至るまで常に良心的な価格設定を維持してきた。

豊富なセットメニュー

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ランチの他にも仙龍は豊富なメニューで我々の来店を歓迎してくれている。一品料理、麺類、ごはんものそれぞれにセットメニューがあり、メインにしたいものを楽しみながらお腹をしっかりと満たすことができるのだ。

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ピリ辛チャーハンと塩ラーメンのセット:1,250円
今回はランチではなく、セットメニューを注文することにした。この店の常連である同僚に、「ピリ辛チャーハンがおすすめ!」と紹介されたのだ。調理しているのを拝見させていただいたが、ものの数分で小気味よく調理が進みあっという間にピリ辛チャーハンと塩ラーメンセットが完成してしまった。これならランチ時でも余裕を持って休憩時間を満喫することができるだろう。

チャーハンは豆板醤の辛味がしっかり効いており、どんどんレンゲが進んでしまう。食べ進めるとじんわり汗が出てくるぐらいの辛味である。すこし休憩がてら塩ラーメンのスープに箸を移すと、あっさりとしたシンプルなスープでするするとはいっていってしまう。どちらも食べ飽きない、でもまた食べたくなる、そんな味わいだ。

食材へのこだわりと、妥協しない姿勢

仙龍の味を支えるのは、食材への徹底したこだわりだ。店主は必要な分だけを毎日仕入
れ、まとめ買いをして食材を無駄にすることを避けている。特に米にはこだわり、米屋に依頼して独自配合を依頼して調整。その時の米の状態に応じて、最適な配合を見つける。

チャーハンには硬めの米が適していが、セットメニューの白ご飯として提供する場合硬すぎる米は好まれない。この相反する要求の間を取るために、微妙な配合調整が必要になる。米屋にとっては面倒な注文だが、この調整が仙龍の味を支えている。

油や中華料理に使うラード・野菜も同様、妥協は許されない。そこで妥協すれば、自分が適当な仕事をしているように感じてしまう。この部分だけは絶対に譲れないという信念がある。

店名に込めた想い

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店名の「仙龍」には、店主なりのこだわりがあった。当時は「龍」の字を使った中華料理店が流行し、息子の名前にも「龍」の字を使っていたこともあって、店主も絶対に龍の字を使いたいと思っていた。そして、近くにある仙人塚から「仙」の字を取り、相撲の字体で看板を作った。

面白いことに、多くの客が店主を中日ドラゴンズのファンだと思い込んでいた。当時の中日ドラゴンズの監督、星野仙一の「仙」と、ドラゴンズの「龍」。確かに中日ファンに見えるかもしれない。店名を正確に覚えている人は少ない。それでも店主は気にしない。そんなものだと受け入れている。

町中華の未来と、終わりなきマラソン

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BSで放送される町中華の番組を見ると、80代の店主が50年以上店を続けている姿が映る。それを見て思うという。「自分はまだ半分しか来ていない。Uターン地点に差し掛かったばかりだ」と。

ゴールの見えないマラソンを走り続けている感覚。いつまで続けるのか、どこで終わるのか、それは誰にも分からない。会社員のように定年がある訳ではない。答えは、まだ見えていない。ただ、今日を頑張る。明日のことは明日考える。そうやって一日一日を積み重ねてきた結果で今がある。
仙龍が目指すのは、誰もが気軽に入れる店だ。一人で来て静かに食事をして帰る。そんな一人客でも居心地よく感じる空間。派手な演出も、過度な接客もない。ただ、安定した味と、落ち着いた雰囲気を提供する。それが、三十五年間変わらぬ店主の信念だ。

長期的に見れば、幅広い客層を受け入れる方が、店の安定につながる。だからこそ、店主は一定の距離を保ち続ける。必要以上に親しくならず、かといって冷たくもない。この絶妙なバランスが、仙龍の居心地の良さを作り出している。

35年という時間は、決して短くない。しかし、店主にとっては、まだ道半ばだ。町中華の番組で見た80代の店主のように、あと30年、40年と続けられるかもしれない。もしかしたら明日突然終わりが来るかもしれない。その不確実性の中で、ただ今日を精一杯生きる。それが、町中華を営む料理人の生き方なのだろう。

松阪市光町の黄色い看板。その下で、今日も濱井場さんは静かに厨房で中華鍋を振り続けている。

仙龍
〒515-0051
三重県松阪市光町1059−1
木曜日
11:30〜14:30
17:00〜22:00
月曜日
定休日
火曜日
11:30〜14:30
17:00〜22:00
水曜日
11:30〜14:30
17:00〜22:00
木曜日
11:30〜14:30
17:00〜22:00
金曜日
11:30〜14:30
17:00〜22:00
土曜日
11:30〜14:30
17:00〜22:00
日曜日
11:30〜14:30
17:00〜22:00
開閉
0598-23-0441
席数
16席(カウンター8席、座敷4名掛け×2)
L.O.
ランチ:14時、ディナー:21時半
定休日
月(月曜が祝日の場合は営業、翌日休)
最寄駅
松阪駅より車で20分
支払方法
QR決済可
平均予算
ランチ〜1,000円、ディナー:〜2,000円
駐車場
店前10台(隣接店と共用)
ランチ
ディナー

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