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地域に根ざした店づくりと客層の広がり
そんなローカルに根ざしたお店のこれまでとこれからについて話をお聞きしたので紹介しよう。
娘の「やるから手伝って」から生まれた母娘の挑戦
花井さんは店を持つ日が本当に来るとは思っていなかったという。しかし、井手さんが結婚を機に仕事を辞め、母娘ともに仕事の区切りがついたタイミングが重なったことで、子の挑戦への背中を押す形になった。「娘がやりたいと言うなら協力する」という母の想いが店の土台をつくっていった。
まず最初に商品候補として挙がったのは、花井さんが人に差し入れて喜ばれていたお菓子の数々。それを整理し、「どれなら提供できるか」「季節に応じてどう展開するか」を二人で検討していった。
花の日に始まった花井ファーム ― 定年後の新しい一歩
コロナ禍の真っただ中で、井手さんと花井さんは「テイクアウトに特化したスイーツ店」という方向性を自然と選択していたという。店内飲食が制限される時代背景もあり、まずは安心して購入できるスタイルから始めることに迷いはなかった。
ただし、開業時点で“主力商品”は決まっておらず、どんなスイーツを中心に展開するかは手探りで進めていった。「季節のものを大切にしたい」という花井さんの想いを汲み取り、現実的な厨房設備の範囲でできることを一つずつ形にしていったのが始まりである。
いちじく農家の娘が描いた”スイーツショップ+直売所”の構想
規格外品品・正規品など複数の規格を用意していることもあり、「農家から直接買える」魅力が業者からの支持につながっているという。スイーツ店としての魅力に加え、農家としての直売が合わさることで、花井ファームはよくある店から唯一無二のスイーツショップへと育っていった。
季節が教えてくれる“素材の声”を生かす豊富なメニュー
新メニューの発案は、すべて花井さんの“ひらめき”から。しかしその源泉は単なる思いつきではなく、「素材がやってくると自然と形が見えてくる」という感覚的なものだ。あまなつを大量に受け取れば寒天やピールにし、いちごが届けば大福やグミへと姿を変える。井手さんいわく、花井さんは“素材と会話できる”人であり、素材自身が最適な姿を教えてくれるのだという。
「冬はシュトーレン」「苺の季節は苺大福や苺スイーツ」など、季節と素材を中心に組み立てている。和洋のジャンルに縛られることなく、“作りたいものをつくる”という自由さが花井ファームの個性である。
人気No.1は揚げたてで売り切れる「マラサダ」
家庭で試行錯誤を重ねるうちに家庭の味から商品へと発展し、開業当初から人気を集めた。当初は期間限定であったが「飛ぶように売れる」ため、やがて通年看板商品に成長した。
発酵の都合で作れる数は限られ、多いときでも75個が限界。10時に揚げ上がると、30分ほどで売り切れることも珍しくない。家庭で育まれた味が、店の看板商品として定着していった背景には、母と娘の信頼と日常の積み重ねがある。
一年中続ける“国産かぼちゃ”へのこだわり
保存食としての特性から長く保管できるが、季節や産地によって水分量が変わるため、毎回生地の水分量を調整する必要がある。「ペーストを使えば一定になるけれど、それでは素材と向き合った料理にはならない」と花井さんは語る。
“素材と対話するように作ることが醍醐味”という言葉には、効率よりも自然のリズムを大切にする姿勢がにじむ。
“手を加えすぎない”という美学 ― いちじくスイーツに込める想い
いちじくババロアの上にのるソースも、完熟で規格外のいちじくを使用し、砂糖・レモンを加えて撹拌しただけのシンプルなもの。砂糖も極力控え、素材そのものの甘さを引き出す構成だ。その上、パフェに盛り付けられる大量のいちじくは一級品を厳選。「農家だからこそ出せる品質を中途半端にはしたくない」という強い姿勢が随所に見える。
いちじく農家としての背景は商品の魅力を大きく支えている。「材料費タダやん!と思って始めました」と冗談交じりに語る井手さんだが、いちじくを身近に扱える環境は唯一無二の強みとなった。
“食べるものが命をつくる”という信念が原点 ― 地域と共に生きる素材調達
食材はスーパーからだけでなく、近隣農家や知人から届くことも多い。かぼちゃをもらえばメニューに生かし、ほうれん草をいただけばお返しにその素材を使ったキッシュを渡す。「母は配るのが趣味」と井手さんが笑うように、地域の人との温かい物々交換が日常に根付いている。
小麦粉はこだわって三重県の製粉企業から直接仕入れ、かぼちゃは国産を選ぶなど、“正直な素材”を見極める姿勢も徹底している。花井ファームの原点には、素材が持つ本来のおいしさをまっすぐ届けたいという強い信念がある。
月に2回だけの営業と、常連客が支えるリズム
しかし、井手さん自身は三重県内に住んでおり、営業のタイミングで店に戻る生活。花井さんは管理栄養士として別の仕事もしているため、今の営業スタイルが限界だという。月に2回という特別感が一層この店の魅力を引き立てているのだろう。
“スイーツだけ”という選択と、広がる未来への展望
とはいえ、将来的には店内飲食ができる業態への拡大も視野に入れている。今後の夢を尋ねると、井手さんは「営業回数を増やして、店を大きくしていきたい」と目を輝かせる。構想は明確で、”いちじくの選別場”、”直売場”、そして”スイーツショップ”を兼ね備えた“大きなマラサダホーム”の実現を目標にしている。農業とスイーツ、家庭の延長とプロの仕事、その三つが重なり合う未来を目指す姿が印象的だ。
“作りたいものを作る”というシンプルで力強いコンセプトは、スイーツと農業、母と娘、季節と素材をゆるやかにつなぎながら、この店の物語を今も更新し続けている。