ライター : macaroni松阪特派員 たけ

松阪市 地方活性化企業人

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松阪市の静かな通りに佇む中華料理店「神仙閣」。一見すると高級感漂う外観に少し躊躇してしまう人もいるかも知れない。しかし、店内に入れば昔ながらの温かい雰囲気と驚くほどリーズナブルな価格設定に誰もが安堵の表情を浮かべる。

この店を切り盛りするのは、二代目店主の杉山範隆さん(52)。大阪と京都で修業を積んだ後、故郷に戻り父の味を守り続けている。

厳しい修業が育んだ、確かな技術と柔軟な発想

範隆さんの料理人としての道のりは、決して平坦なものではなかった。地元の私立高校を卒業後、18歳で大阪の北京料理店に飛び込んだ。求人雑誌を片っ端から調べ、住み込みで働ける店を探した結果だった。中華料理にこだわりはあったものの、最悪の場合は料理関係であれば何でもいいという覚悟での上京だった。

その店は堺にある最大600名を収容できる大型店舗だった。燕の巣、フカヒレ、熊の手といった高級食材を扱い、一人1万円からのコースを提供する本格的な北京料理店。そこでの修業は想像を絶する厳しさだった。

厳しい上下関係の中で培われた、料理人としての基礎力

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今でいうパワハラが当たり前の時代。時にはパンチが飛んでくることもあるという、今では考えられない環境だった。教えてもらえることは少なく、見て盗むことが基本だった。

理不尽なことも多かったが、先輩たちの技術は本物で、その仕事ぶりに納得させられた。

最初の数年間は切り場と呼ばれるポジションで、伊勢海老の前菜や野菜、肉のカットを担当。料理長や副料理長が調理するメインの場には近づくことすら許されなかった。しかし、そこで範隆さんが腕を磨いたのが賄い作りだった。20人ほどの従業員のために、昼と夜の1日2回、賄いを作る。高級食材は使えないが、味付けだけは見よう見まねで実践できる貴重な練習の場だった。

賄いへの評価は厳しかった。美味しくできても褒め言葉はなく、黙って食べてもらえれば合格。まずければ「何これ、いらん。パン買ってくる」と容赦ない言葉が飛んでくる。極限までひどい時には「こんなまずいもん、どないして作れんねや」と嫌味を言われながらパンを買いに行かされた。それでも、そんな厳しい環境が範隆さんの基礎を作り上げた。

中華からイタリアンへ──28歳で選んだ越境の修業

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10年間の修業を経て、28歳の時に新たな挑戦を決意する。中華料理の基礎は一通り身につけたが、さらなる成長を求めて京都のイタリアン店へ転職した。住む場所も京都に移し、七条通りの駅前にある町の洋食屋的なイタリアンレストランで7年間働いた。

イタリアンの世界は中華とは全く異なる繊細さがあった。中華料理は強火でバッと炒めるイメージだが、イタリアンはコトコト煮込む料理が多い。弱火で丁寧に調理する技法に最初は戸惑ったが、ハーブやスパイスの使い方、パスタの茹で方、さらにはティラミスやガトーショコラといったデザート作りまで、幅広い技術を習得した。鶏の丸鶏から取るフォンドボライユなど、本格的な出汁の取り方も学んだ。

この二つの異なる料理文化での修業が、範隆さんの料理の幅を大きく広げることになる。中華風カルパッチョのような、両方の技法を融合させた料理を生み出す土台となったのだ。

2008年、35歳を迎えた範隆さんは松阪へ戻る決断を下した。いつかは実家に戻るつもりではいたものの、その時期を早めた最大の理由は父の年齢である。店を続けていくうえで、後継者の存在が現実的な課題となり始めていた。帰郷後の約2年間は、父と母、そして範隆さんの3人で店を切り盛りする日々が続く。そして2009年、現在の店舗を新たにオープンするに至った。

父の味を守りながら、新しい風を吹き込む

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このボリュームで1,200円は通い詰めたくなる…
店を継いでからも、範隆さんは父の味を大切に守り続けている。メニューの8割は先代から受け継いだものだ。特に看板メニューである中華ランチは、50年以上前から変わらない内容で提供している。チャーハン、酢豚、鶏の唐揚げ、五目卵焼き、野菜炒め、マカロニサラダ、生野菜、漬物という豪華な内容で1,200円。チャーハンをご飯に変えれば850円という驚きの価格設定だ。

このチャーハンには特別な秘密がある。白ご飯を冷蔵庫で一晩寝かせ、冷気の強い場所で水分を飛ばす。冷凍手前まで硬くなったご飯をほぐしてから調理することで、独特のもちもちとした食感とパラパラ感を両立させている。一粒一粒がしっかりと立ち、それでいてしっとりとした仕上がり。その日のご飯の硬さを見ながら、スープやラードの量を微調整する繊細な作業が、この唯一無二の味を生み出している。

最後の一口まで熱を保つ、餡仕立ての一杯

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餡たっぷりでご飯との相性も◎ これで750円という値段には驚きしかない。。。
広東メンも人気メニューの一つだ。通常の八宝菜よりも餡を多めにした、餡かけラーメンとして提供している。餡多めは常連客からのリクエストで生まれた改良だった。エビ、豚肉、白菜、人参など12種類もの食材が入った贅沢な一品である。

とろみのある餡がスープの温度低下を防ぎ、食べ進めても熱々の状態が続く。あっさりめのスープに餡を溶かしながら食べるとそれぞれの食材の旨味が溶け合い、深い味わいを楽しむことができる。

客の声に応える、柔軟なメニュー展開

店の特徴は、客のアレンジ要望に柔軟に応える姿勢にある。麻婆豆腐の辛さ、天津飯の甘酢バージョン、さらには食材の好き嫌いにも対応する。「できることは何でもやりたい」という範隆さんの姿勢が、常連客を増やしている。一人一人の好みを覚えて提供することで、客との信頼関係を築いているのだ。

店内の黒板には手書きのおすすめメニューが並ぶ。定食やセットなど、日替わりで様々な組み合わせを提供。基本的にはメインに二品のおかずがつくスタイルで、800円という価格設定を維持している。書ききれないおつまみなどのメニューは店内に貼られているので要チェックだ。

半世紀を超える歴史が刻む、三つの店舗物語

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神仙閣の歴史は、範隆さんが生まれた頃、約55年前に遡る。初代店主である父が松阪駅付近で開業したのが始まりだった。範隆さんは小学生の頃、その周辺で遊び回っていたという。店は時代とともに変遷していく。二店舗目は範隆さんが小学6年生の頃、約40年前に現在の店舗から100メートルほど先に移転した。

当時の店舗の老朽化と拡大を目的とした移転だったが、この場所で約25年間営業を続けることとなる。そして2009年8月8日、三店舗目となる現在の場所にオープン。実家から徒歩1分という立地を選んだのは、家族との距離を大切にしたいという思いからだった。


店名の「神仙閣」は初代から変わらず受け継がれているが、その由来について範隆さんは「実は父に聞いたことがあるんですが、深い意味はなかったような気がします。中華っぽい名前にしたいからって言ってました」と笑いながら語る。

地域に根ざした憩いの場

客層は地元客が中心だが、近年はInstagramをきっかけに来店する人や、常連客の紹介で足を運ぶ人も増えつつあるそうだ。家族連れの利用も多く、座敷には子ども用の椅子を用意するなど、幅広い世代が過ごしやすい環境が整えられている。2階には最大25名まで対応可能な宴会場があり、コース料理の提供も行っている。

ただし、このコースは一般的な定型メニューとは異なる。事前に客と相談し、通常メニューの中から好みの料理を選んでもらい、それらを組み合わせてコースとして構成する形式だ。あらかじめ内容を決めることで、提供をスムーズにすると同時に、満足度の高い食事体験を実現している。テイクアウトにも対応しているが、範隆さんの本音は「やっぱり、店で出来立てを食べてほしい」という。料理人として、熱々の一番うまい瞬間を届けたい。その思いは、言葉の端々から自然と滲む。

現在は主に母と2人で店を切り盛りしているが、父は開店前の掃除や簡単な洗い物を手伝っており完全に現場を離れたわけではない。朝の仕込み準備に関わることで、店との距離を保ち続けている。その姿は、神仙閣が地域に支えられてきた店であることを静かに物語っている。

町中華の未来を見据えて

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店づくりで何より大切にしているのは、客に気持ちよく帰ってもらうこと。そのためにできることは惜しまない。驚くほど素直で、まっすぐな考え方だ。これからの目標を尋ねると、「もっと店が賑わえばうれしい」と控えめに笑った。夜になると静まり返るこの通りに、もう少し灯りと人の気配が増えてほしい。そんな願いが、この店への愛情を物語っている。

外観は少し敷居が高そうに見えるが、中身は気取らない町中華。お腹いっぱい食べてほしいし、好みがあればできるだけ応えたい。その姿勢こそが、神仙閣が長く地域に愛されてきた理由だろう。52年続くこの店には、初代の味と、二代目の経験が静かに溶け合っている。派手さはないが、確かな積み重ねがある。神仙閣は今日も変わらず、街の片隅で人の心と胃袋をあたため続けている。
神仙閣
〒515-0044
三重県松阪市久保町770−1
火曜日
定休日
月曜日
11:00〜14:00
17:00〜21:00
火曜日
定休日
水曜日
11:00〜14:00
17:00〜21:00
木曜日
11:00〜14:00
17:00〜21:00
金曜日
11:00〜14:00
17:00〜21:00
土曜日
11:00〜14:00
17:00〜21:00
日曜日
11:00〜14:00
17:00〜21:00
開閉
0598-29-1416
L.O
ランチ:13;45、ディナー:20:30
席数
30+25席(4名掛けテーブル×3、カウンター×5、座敷3名掛け、4名掛け、6名掛け、2階宴会場25名)
定休日
火曜日、第三水曜日
最寄駅
松阪市から車で15分
支払方法
paypay可
平均予算
ランチ:〜1,500円、ディナー:2〜3,000円
駐車場
店前8台
禁煙
ランチ
ディナー

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※記事の内容は、公開時点の情報です。記事公開後、メニュー内容や価格、店舗情報に変更がある場合があります。来店の際は、事前に店舗にご確認いただくようお願いします。

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