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三重県松阪市の伊勢へと続く街道沿いに、一軒の食堂がある。創業から43年、変わらぬコンセプトで地域の人々に愛され続けてきた食堂「古に志」だ。店主の小西寛文さん(75歳)と妻の芳子さん、息子さんの3人でが営むこの店は、バブル経済の波を乗り越え、コロナ禍の試練を経て、今もなお多くの常連客で賑わっている。
この店の魅力は何なのか。そして、飲食業界が激変する中で生き残ってきた秘訣とは何か。寛文さんと芳子さんに、その歩みと想いを聞いた。
この店の魅力は何なのか。そして、飲食業界が激変する中で生き残ってきた秘訣とは何か。寛文さんと芳子さんに、その歩みと想いを聞いた。
料理人としての修行時代―全国を巡った若き日々
寛文さんが料理の道に進んだのは、高校卒業後。名古屋キャッスルホテルで和食の基礎を学び、その後は関東へ。赤坂や武蔵小杉、南浦和の店を渡り歩き、ホテルや宴会場、川魚料理店などで幅広い技術を身につけた。関東での修行はおよそ5年。和食の土台を固めた時期だった。
27歳で地元・松阪へ戻り、湊町の行楽をはじめ市内の飲食店で経験を重ねた。和食から洋食まで扱う店にも携わり、その経験はより技術の幅を広げることとなる。そして32歳。“自分の店を持ちたい”という想いが固まり、独立を決意することとなった。
親戚からは「転々としてきたのだから勤め人のほうがいい」と反対の声もあったが、寛文さんの意思は揺らがなかった。料理人としての集大成を形にするため、一歩踏み出したのだ。
27歳で地元・松阪へ戻り、湊町の行楽をはじめ市内の飲食店で経験を重ねた。和食から洋食まで扱う店にも携わり、その経験はより技術の幅を広げることとなる。そして32歳。“自分の店を持ちたい”という想いが固まり、独立を決意することとなった。
親戚からは「転々としてきたのだから勤め人のほうがいい」と反対の声もあったが、寛文さんの意思は揺らがなかった。料理人としての集大成を形にするため、一歩踏み出したのだ。
創業への道のり。バブル前夜の挑戦
独立を決めた寛文さんは、まず紹介で国道沿いのテナントを借り、最初の店を構えた。立地の良さもあって店は順調に立ち上がったが、寛文さんには“もっと先”を見据えた構想があった。家賃を払い続けるのではなく、自分の土地に自分の店を建てたい。さらに、定食だけでなく宴会にも対応できる本格的な食堂にしたいという思いが強まっていった。
開業から約1年、経営が軌道に乗り始めた頃に本格的な土地探しをスタート。そこで出会ったのが、現在の場所となる空き地だった。寛文さんはランニングコストのことも考え、自宅兼店舗を建てることになる。
店づくりの軸は明確。「安くて、美味しくて、ボリュームがある」。建物自体へのこだわりは少なく「なんでもええねん」と笑う寛文さんだが、料理の質と量、そして価格には一切の妥協がなかった。このシンプルなコンセプトは創業から43年を経ても変わっていない。
そして宴会需要を見据えて広めに設計した店内が、期せずして後に大きな強みとなった。座敷席とテーブル席をゆったり配置した空間は、バブル期の宴会需要をしっかりつかみ、店の成長を後押ししたのだ。
開業から約1年、経営が軌道に乗り始めた頃に本格的な土地探しをスタート。そこで出会ったのが、現在の場所となる空き地だった。寛文さんはランニングコストのことも考え、自宅兼店舗を建てることになる。
店づくりの軸は明確。「安くて、美味しくて、ボリュームがある」。建物自体へのこだわりは少なく「なんでもええねん」と笑う寛文さんだが、料理の質と量、そして価格には一切の妥協がなかった。このシンプルなコンセプトは創業から43年を経ても変わっていない。
そして宴会需要を見据えて広めに設計した店内が、期せずして後に大きな強みとなった。座敷席とテーブル席をゆったり配置した空間は、バブル期の宴会需要をしっかりつかみ、店の成長を後押ししたのだ。
バブル経済の波 — 黄金期の到来と繁栄
新店舗での営業開始から数年。日本がバブル景気へと突入すると、古に志は一気に黄金期を迎えることとなる。昼は工場の人で満席、夜は宴会予約が途切れず、寛文さん夫妻はほとんど休む間もないほどの忙しさだったという。
当時の客の勢いは今とは比べものにならない。残業代だけで生活できた時代で、宴会では「何でもええから出して」と注文が飛ぶ。値段を気にする客はほとんどいなかった。外食の頻度も高く、店は毎日のように活気にあふれていた。
興味深いのはバブル崩壊の“ズレ”だ。東京が落ち込んだ後も、松阪では数年ほど好景気が続いたという。この時差が、店が育つ大事な時期を後押しする形になった。外食の需要が高まりコスパのいい店が求められたバブル期において、手頃な価格でしっかり満足できる“町の食堂”はぴったりはまったのだ。
当時の客の勢いは今とは比べものにならない。残業代だけで生活できた時代で、宴会では「何でもええから出して」と注文が飛ぶ。値段を気にする客はほとんどいなかった。外食の頻度も高く、店は毎日のように活気にあふれていた。
興味深いのはバブル崩壊の“ズレ”だ。東京が落ち込んだ後も、松阪では数年ほど好景気が続いたという。この時差が、店が育つ大事な時期を後押しする形になった。外食の需要が高まりコスパのいい店が求められたバブル期において、手頃な価格でしっかり満足できる“町の食堂”はぴったりはまったのだ。
唐揚げ定食に込められた職人の矜持
古に志の看板メニューは、間違いなく唐揚げ定食だ。大ぶりの唐揚げが7個も盛られており、体感では通常の定食の1.5倍にも感じられる。これで価格は驚くほど抑えられており、コストパフォーマンスの高さは群を抜いている。そして、その上を行く唐揚げ定食大は、通常の唐揚げ定食の倍量で初めて見る客を驚かせている。
この唐揚げの秘密は、徹底した手作りだ。冷凍肉は一切使わず、国産の生鶏肉のみを使用。特製のタレにはレモンと生姜が入っており、最低でも1日から2日間漬け込む。これは創業当時から変わらず、43年間守り続けてきた味だ。この工程が、唐揚げに独特のさっぱりとした味わいを生み出している。片栗粉を使い、外はカリッと中はジューシーに仕上げた唐揚げは油っぽさがなく、何個でも食べられる軽さだ。
この唐揚げの秘密は、徹底した手作りだ。冷凍肉は一切使わず、国産の生鶏肉のみを使用。特製のタレにはレモンと生姜が入っており、最低でも1日から2日間漬け込む。これは創業当時から変わらず、43年間守り続けてきた味だ。この工程が、唐揚げに独特のさっぱりとした味わいを生み出している。片栗粉を使い、外はカリッと中はジューシーに仕上げた唐揚げは油っぽさがなく、何個でも食べられる軽さだ。
変わらぬメニュー、変わらぬ姿勢―守り続ける伝統
古に志のメニューは、創業以来ほとんど変わっていない。多様な定食からはじまり、うどん・そばなど、町の定食屋としてオーソドックスなメニューが並ぶ。季節限定メニューや新作メニューは、ほとんど行っていない。
この姿勢には明確な理由がある。新しいメニューを増やせば効率が下がり、顧客の回転率がるためだ。そして何より、注文を受けてから都度調理するには、メニューを絞り込むことが品質維持の鍵となる。これは手作りにこだわる店の宿命ともいえよう。
伊勢うどんも、古に志の隠れた人気メニューだ。松阪市内で伊勢うどんを提供する店は少なく、伊勢神宮へ向かう観光客が看板を見てわざわざ立ち寄ることもある。電話で伊勢うどんの有無を確認してから来店する客もいるほどだ。伊勢街道沿いという立地も、こうした需要を生み出している。
この姿勢には明確な理由がある。新しいメニューを増やせば効率が下がり、顧客の回転率がるためだ。そして何より、注文を受けてから都度調理するには、メニューを絞り込むことが品質維持の鍵となる。これは手作りにこだわる店の宿命ともいえよう。
伊勢うどんも、古に志の隠れた人気メニューだ。松阪市内で伊勢うどんを提供する店は少なく、伊勢神宮へ向かう観光客が看板を見てわざわざ立ち寄ることもある。電話で伊勢うどんの有無を確認してから来店する客もいるほどだ。伊勢街道沿いという立地も、こうした需要を生み出している。
地域とのつながり
この飲食店は単なる飲食提供だけではなく、地域社会との強いつながりも持っている。近隣住民だけでなく、市役所関係者など多様なお客様が訪れることで知られている。さらに、コロナの影響下でも工夫を凝らしながら営業を続けた結果、多くのお客様から支持され続けてきた。その際には仕出し弁当など新しいサービス形態にも挑戦し、お客様との接点を維持する努力も怠らなかった。
小さな心遣いが生む大きな信頼
古に志には、料理以外にも“また来たくなる仕掛け”がある。定食には小さなお菓子が添えられ、飴や駄菓子など素朴な心遣いがそっと寄り添う。子供連れの家族には、アンパンマンやチップスターのポケットティッシュなど、ちょっとしたプレゼントを渡している。10年以上続くこの習慣は、家族連れのリピーターづくりに大きく貢献してきた。
子供はこうした小さな楽しみをよく覚えている。次に外食するときに「古に志がいい」と言うことも多く、親にとっても選びやすい店になる。広くとられた座敷席があり、多少騒がしくても気兼ねなく過ごせる点も、家族連れにとっては大きな魅力だ。
自分では買わないような品でも、もらうとどこか嬉しい。こうした温かいサービスは、企業努力というより“人柄”そのものだ。客の記憶に残り、自然と再訪へとつながっていく。
子供はこうした小さな楽しみをよく覚えている。次に外食するときに「古に志がいい」と言うことも多く、親にとっても選びやすい店になる。広くとられた座敷席があり、多少騒がしくても気兼ねなく過ごせる点も、家族連れにとっては大きな魅力だ。
自分では買わないような品でも、もらうとどこか嬉しい。こうした温かいサービスは、企業努力というより“人柄”そのものだ。客の記憶に残り、自然と再訪へとつながっていく。
43年間の重み―地域とともに歩む食堂の未来
小西さんは客に向けて、こう呼びかける。
「まずは騙されたと思って一度来てほしい。写真や口コミで見るのと、実際に食べるのとでは、全く違う。その上で、良いか悪いか判断してほしいんです。」
この言葉には、43年間積み重ねてきた自信と、職人としての誇りが滲んでいる。古に志のような店が存在する限り、地域の食文化は守られる。広い駐車場、ゆったりとした座敷、手作りの料理、子供へのささやかなプレゼント。こうした一つ一つの要素が、小西を特別な場所にしている。それは単なる食堂ではなく、地域の人々の記憶と結びついた、かけがえのない場所なのだ。
「まずは騙されたと思って一度来てほしい。写真や口コミで見るのと、実際に食べるのとでは、全く違う。その上で、良いか悪いか判断してほしいんです。」
この言葉には、43年間積み重ねてきた自信と、職人としての誇りが滲んでいる。古に志のような店が存在する限り、地域の食文化は守られる。広い駐車場、ゆったりとした座敷、手作りの料理、子供へのささやかなプレゼント。こうした一つ一つの要素が、小西を特別な場所にしている。それは単なる食堂ではなく、地域の人々の記憶と結びついた、かけがえのない場所なのだ。
小西寛文さんと芳子さんが守り続けてきた43年間の歴史は、これからも松阪の食文化の一部として、人々の心に刻まれ続けるだろう。”安くて美味しくてボリュームがある”。インタビュー中何度も口にしていたこの三つの約束は、時代が変わっても決して色褪せることはない。
古に志
〒515-0027
三重県松阪市朝田町95−1
金曜日
11:30〜14:00
17:00〜21:00
月曜日
11:30〜14:00
17:00〜21:00
火曜日
11:30〜14:00
17:00〜21:00
水曜日
11:30〜14:00
17:00〜21:00
木曜日
11:30〜14:00
17:00〜21:00
金曜日
11:30〜14:00
17:00〜21:00
土曜日
11:30〜14:00
17:00〜21:00
日曜日
11:30〜14:00
17:00〜21:00
0598-28-2345
L.O
ランチ:14:00、ディナー:21:00
席数
32名(4名掛けテーブル×5、4名掛け座敷×3)
定休日
なし
最寄駅
松阪駅より車で10分
支払方法
現金のみ
平均予算
〜1,500円
駐車場
店前15台
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※記事の内容は、公開時点の情報です。記事公開後、メニュー内容や価格、店舗情報に変更がある場合があります。来店の際は、事前に店舗にご確認いただくようお願いします。
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