ライター : macaroni松阪特派員 たけ

松阪市 地方活性化企業人

炭火・藁焼き、おでんに串揚げが同時に味わえる店

Photo by macaroni

松阪駅から徒歩5分、商店街であるよいほモールの始まりに「菊鉄」はある。昨年に改装したばかりのきれいな店内の中央には大きな炭火台が鎮座し、様々な食材を炭火・藁火焼きで楽しむことができる。ガラスで囲われた炭火台でライブ調理を楽しむこともできる。

元々はテナントを借りて「おでん」と「串揚げ」の居酒屋でスタートした「菊鉄」が、どのようにして今のような目でも舌でも楽しめるお店に変貌を遂げたのか。店主である、冨士野 学さんに話を伺った。

家庭から始まった「食」への興味

Photo by macaroni

冨士野さんの料理の原点は、子ども時代にさかのぼる。共働きの両親のもとで、三人兄弟と一緒に昼食を作る機会が多かったという。焼きそばやチャーハン、お好み焼きやたこ焼きを兄と共に試行錯誤しながら作った経験が、料理への関心を芽生えさせた。高校時代には市内のイタリアン系ファミリーレストランでアルバイトを始め、3年間続けた。この経験が飲食業の最初の一歩となった。

多様な飲食経験─カフェから東京修行へ

始めて飲食業界に本格的に身を投じた先はカフェでだった。店はもう閉店してしまったが、店主は現在23号線で「麺屋ばんび」というラーメン店に業態を変えて飲食店経営を続けている。店主はフレンチ出身で、店舗ではカフェ業態でありながらチャーハンや焼きそば、ひいては八宝菜などの中華も提供するユニークな店だった。

「食材があってオーダー入ればなんだって作りました。カフェって何だろうと思いながら、チャーハンを炒めていましたよ」と笑う。お酒も出す居酒屋的要素もあり、幅広い料理経験を積んだ。

カフェ勤務を経て、20代の長い時間を東京で過ごすことになる。広島つけ麺の専門店では、最終的に行列のできる人気店にまで成長させた。さらに日本料理店で2年間修行し、魚の扱いを学んだのち、30歳の節目に松阪へ戻る決断を下したのである。きっかけはある大きな出来事だった。

独立への確固たる決意

Photo by macaroni

祖父母の危篤の際、帰郷することができなかった。その経験が「自分で決断できる立場に立たなければならない」と強く意識するきっかけとなったという。

冨士野さんにとって、それまで独立は漠然とした憧れであった。しかし、この出来事を通して具体的な決断となった。「そのタイミングがすべてだった」と語るように、飲食業への情熱と個人の人生経験が重なり合い、独立の道を選ぶ原動力となったのだ。

東京から松阪を経て独立へ

約5〜6年を東京で過ごした冨士野さんは、30歳前後で松阪へ帰郷。地元で多くの飲食店を経営するシティーホールディングス㈱が運営する居酒屋「福助」で2〜3年経験を積んだのち、2015年に自らの店「菊鉄」を立ち上げた。当初はいちテナントスペースでの営業だったが、現在の菊鉄の姿はそこから大きく変貌を遂げている。

壁を壊す決断 ─ テナントからビル購入へ

当初の厨房はL字型の店内の真ん中にあり、狭いスペースを工夫しながらの営業だった。やがて隣の空きテナントを利用するため「壁を壊させてほしい」とオーナーに交渉するも、「それなら売りましょうか?」という話へと発展。結果、2024年4月にビルを買い取り、全面的なリフォームへと舵を切った。もともと1階はオーナーが営む喫茶店とテナントであったためそこから店舗として再設計し、現在の「菊鉄」が誕生したのである。

改装のこだわり─炭火台への憧れ

Photo by macaroni

この店舗はリニューアルオープンしてからまだ1年経たない新しい空間だ。昨年10月に改装を行った際に最もこだわったのは「炭火台の設置」である。「以前勤めていた店ではカツオのたたきをガス火で焼いていました。でも自分は藁火でやりたいという憧れがあったんです」と語る。様々な調理法でかつおのたたきや色んな食材の火入れを研究した。しかし、理想はあくまで炭火・藁焼きであった。改装を機に「炭火台を中心に据えた店づくり」を進めたのである。

最大66席の大箱へ ─ 学生時代の憧れを形に

Photo by macaroni

手前のカウンターが以前の菊鉄の面影を残している。
現在の菊鉄は総席数66席。大人数のグループ客を複数受け入れられるこの規模感は店の大きな強みの一つとなっている。実は10名単位のグループが同時に複数組入れる個人店は松阪駅前でも稀少であり、地域の飲み会や宴会ニーズに応えられる大きな武器となっている。松阪市内に範囲を広げても珍しく、これは冨士野さんの「大箱への憧れ」が強く反映された結果である。

原点は学生時代に働いていた松阪市内のファミリーレストラン。100席規模の大箱で、スタッフも多く、活気にあふれる空間に憧れを抱いた。小規模店舗で一人でも回せる形態ではなく、あえて多くのスタッフと共に大人数の客を迎えられる店をつくりたい─それが菊鉄の目標であった。

2階に広がる和室空間 ─ 個室から大部屋まで

Photo by macaroni

2・3階は住居という造りであったため、買い取った時点では居住空間は「普通の家」そのものだったが、そのうちの和室を個室として活用している。6畳間が2部屋設けられ、ふすまを外せば最大25名まで収容できる大部屋となる。用途に応じて使い分けが可能であり、家族連れや団体客の利用が増えている。

店名「菊鉄」に込められた想い

Photo by macaroni

飲食店「菊鉄」というユニークな店名には、創業者・冨士野さんの深い想いが込められている。名前の由来は、父方の祖父母の名前「菊江」と「鉄男」から取ったものだという。幼少期を松阪で過ごし、遊び場として馴染みのあるこの土地で店を開いた背景には、家族への強い敬意と感謝がある。

名前の由来を問われた際、冨士野さんは「本当に優しいじいさんばあさんで大好きでした」と笑顔で答える。その姿からは、祖父母への深い愛情と、その存在が自身の飲食人生において欠かせない支えであったことが伝わってくる。祖父母の死を通じて独立への覚悟が固まり、やがてその二人への感謝の意味も込めて「菊鉄」という店名にその想いを託したのである。

炭火と藁火が生みだす食材本来のおいしさ

Photo by macaroni

「菊鉄」の特徴はと問われると、冨士野さんは「炭火・藁火で調理した魚や肉を楽しめます」と即答する。魚介や肉をシンプルに炭と藁の火で焼き上げることで、独特の香ばしさと旨味を引き出すのが特徴である。

特に炭火台を使った魚料理は、炭火や藁の香ばしい風味が加わり、皮目の脂の旨味を引き立てる。単なるガスバーナーでの炙りとは一線を画し、素材の持ち味を際立たせる調理法だ。「炭焼き、藁焼きならではの味わいをぜひ体験してほしい」と冨士野さんは語る。

海鮮丼をひつまぶし風に楽しむ新提案

Photo by macaroni

本日の藁焼き海鮮丼定食:1,600円
数あるランチメニューの中でも「藁火で調理した海鮮丼」は特におすすめだという。海鮮丼に温泉卵を加え、特製の和出汁を注ぎ、わさびを溶かしながら食べるスタイルは、「菊鉄」ならではのユニークな提案である。出汁は塩味を抑えた優しい味わいで、醤油を軽くかけて調整することで、素材の旨味が一層引き立つ。

さらに、大きめに切った拍子木切りのたくあんを添えることで食感にアクセントを加えている。「このたくあんは必要だ」と思わせるほど、料理全体の完成度を高める役割を果たしているのだ。

このアイデアは料理長の発案によるものであり、以前は自家製の白菜漬けを提供していたが、「食感が欲しい」との理由でたくあんに切り替えたという。細部にまでこだわりを詰め込む姿勢が、料理の完成度を押し上げている。

そのほかランチには6〜7種類の定食を用意しており、気軽に多彩な味を楽しむことができる。松阪豚の丼なども提供しており、地元食材を活かしたメニュー構成も「菊鉄」の大きな魅力である。

炭火で炊き上げる贅沢土鍋ご飯

Photo by macaroni

キムチ土鍋ご飯:700円
締めには土鍋ご飯を選ぶ客も多い。小さな土鍋での炊飯は一見シンプルに見えるが、米の量や浸水時間、火加減など繊細な調整を繰り返し、最適な炊き上がりを実現したという。その上に具材を直接乗せるのではなく、炊き上がった米を主役とし、料理ごとに仕上げを工夫するのが同店の特徴である。

まかないから生まれた「焼きおにぎりだしセット」

Photo by macaroni

焼きおにぎり出汁セット:450円
「菊鉄」のメニューにはユニークな食べ方の提案がいくつもある。その代表例が「焼きおにぎりだしセット」である。焼きおにぎりにわさびをのせ、特製のおでん出汁をかけてお茶漬け風に楽しむというものだ。元々はまかないから生まれた食べ方だが、その美味しさから正式にメニューとなった。

この発想をきっかけに「お昼でも出汁を提供する」というスタイルが確立した。出汁茶漬けは海鮮丼にも応用され、ひつまぶし風の食べ方として人気を集めている。

「楽しい空間」を再現するという理念

Photo by macaroni

冨士野さんにとって大切なのは「楽しい空間の再現」である。学生時代のアルバイト先では、スタッフ同士が家族のように仲が良く毎日のように一緒に過ごした。先輩から後輩へと受け継がれる関係性の中で仕事を通じて成長し、共に笑い合える環境があった。その体験は強烈に記憶に残り、「令和の時代に自分なりの形で再現したい」との思いを抱き続けてきた。

そして現在、菊鉄ではその理想を追求している。スタッフ同士の関係性だけでなく、やがては自身の子どもたちへもつながるような環境づくりを視野に入れている。飲食業を通じて世代を超えた「楽しい空間」をつなげていくことが、冨士野さんの願いである。

お客さまよりも大切にしているもの

インタビューの中で「お客さんの中で一番大切にしていることは何か」と問われると、冨士野さんは意外な答えを返した。「正直に言えば、一番大事なのは自分の家族であり、働く仲間とその家族である」と語るのだ。

この言葉は一見、誤解を招くように思えるかもしれない。しかし冨士野さんにとって、家族や仲間を大切にすることが結果的にお客さまへの誠実なサービスへとつながるという信念がある。飲食業一筋で歩んできた自分と仲間たちが最大限の力を発揮するためには、まずは内側を大切にすることが不可欠だと考えているのである。

「お客さんに最大限の満足を感じていただくために、まずは自分たちの家族や仲間を大事にしている」との言葉には、誠実さと人間味がにじむ。飾らない赤裸々な語り口から、飲食店経営に対する冨士野さんの本質的な姿勢が見えてくる。

珍しい調理法を味わいに足を運んでほしい

Photo by macaroni

最後に冨士野さんは「特別な食材ではなく、調理法そのものが特徴である」と強調する。「なかなか松阪では味わえない炭火焼や藁焼きを体験していただきたい。ぜひ一度足を運び、料理を楽しんでほしい」と語るその言葉には、地域に根ざしながら新たな食文化を切り拓こうとする確かな信念が込められている。

店舗のメイン料理は炭火焼きや藁焼きだが、以前の「おでん・串揚げ」のイメージが残る常連客も多い。藁焼きのライブ感と料理を楽しむ、食事だけの利用も大歓迎とのこと。すべてを同時に楽しめる「菊鉄」はまさに「進化の途中」にある店だと言えるだろう。
菊鉄
住所
〒515-0083
三重県松阪市中町1862−4
営業時間
金曜日
11:00〜14:00
17:00〜00:00
月曜日
11:00〜14:00
17:00〜23:00
火曜日
17:00〜23:00
水曜日
11:00〜14:00
17:00〜23:00
木曜日
11:00〜14:00
17:00〜23:00
金曜日
11:00〜14:00
17:00〜00:00
土曜日
11:00〜14:00
17:00〜00:00
日曜日
11:00〜14:00
17:00〜23:00
開閉
最寄駅
松阪駅から徒歩10分
支払方法
各種クレジットカード、電子マネー、QRコード決済可
平均予算
昼:1,000〜2,000円、夜:4,000〜5,000円
駐車場
店近くに計8台
席数
66席(1階:テーブル30席・カウンター11席、2階:個室和室2間、つなげて最大25名)
定休日
不定休(火曜:ランチ休)
禁煙
禁煙
ランチ提供
ランチ
ディナー提供
ディナー

次回の記事はこちら!

前回の記事はこちら!

これまで紹介したお店たちはこちら!

※記事の内容は、公開時点の情報です。記事公開後、メニュー内容や価格、店舗情報に変更がある場合があります。来店の際は、事前に店舗にご確認いただくようお願いします。

編集部のおすすめ