ライター : macaroni松阪特派員 たけ

松阪市 地方活性化企業人

25年の歴史を刻む、小さな交流の場

Photo by macaroni

松阪駅からひと駅である東松阪駅から徒歩数分、松阪高校に向かう道中にひっそりと営業するたこ焼き屋がある。三重県松阪市で2000年にオープンした「Yummy!(ヤミー)」は、地元の学生たちに長く親しまれてきた。客層は下は小学生から上は高校生まで、幅広い子どもたちの声で賑わっている。

そんなお店を切り盛りする松島美晴さんのお店は常に優しさと暖かさに包まれているようだ。そんな松嶋さんにこのお店について伺うと、飲食店としては意外な答えが返ってきた。この不思議な魅力を持つ駄菓子屋について、紹介していこう。

「自分が立ち寄りたくなる店を」─開業のきっかけ

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松島さんは高校卒業後、伊勢のタイヤ工場の事務職として17年間勤務。35歳で退職後、家族のサポートを中心にパート勤務などを経て、お店を開くことを決意した。意外にも、もともと料理好きというわけではなく、「特別なこだわりや経験があったわけではない。ただ、自分がやりたい形のお店なら、休みやすく作りやすいからできると思った」と振り返る。飲食経験ゼロからの挑戦だったが、「学生が気軽に立ち寄れる場所」というビジョンが明確だった。

家族の支えとライフステージの変化

会社を辞めた理由のひとつは家族の体調や通院サポートだった。義両親や実家の両親を支える中で、介護までではないが日常的に送迎や用事をこなす必要があった。その後、父親たちが相次いで亡くなり、母親だけが残ったことで生活環境が変化。勤めに出るよりも、自分のペースで働ける店を持つ方が柔軟だと考えた。「お店なら休みたい時に休める」という想いが背中を押したと語る。

「できること」から始まったたこ焼き屋

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飲食店経験のない松島さんが選んだのは、家庭でも作っていたたこ焼き。難易度が低く、自分でも続けられると考えたという。「喫茶店は絶対に無理。できることは限られていたから」と語るその決断は、結果的に学生の間で人気を集めることになった。

一人で運営できる空間設計

結婚を機にこの地域に移り住み、義母の友人が所有していた古い家が空くことになったタイミングで、「せっかくなら自分が行きたくなる店を作ろう」と決意。土地と建物を譲り受け、一度更地にしてから現在の店舗を新築したという。開業当時、松島さんは45歳。家族のサポートをしながら新たな挑戦を選んだ。

店舗はゼロから建築。設計段階で「たくさんのお客さんが一度に入らない」ように配慮した。理由はシンプルで、「一人でやりたいから、忙しすぎるのは困る」というもの。友達同士で会話を楽しめる席と、持ち帰り用のカウンターを分け、急ぐお客もゆっくり過ごしたいお客もそれぞれ対応できる構造にした。結果として、無理なく続けられる環境と、常連が安心して通える空気が生まれた。

店名「ヤミー」に込められた軽やかな選択

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お店の名前「ヤミー(Yummy)」は、英語で「おいしい」を意味する言葉。候補には「ヤムヤム」などもあったが、最終的には娘の一言で決定した。「特に深いこだわりはないけど、みんながおいしいって言ってくれたら嬉しい」という想いが込められている。気取らない命名は、店全体の親しみやすい雰囲気にもつながっている。

学生が集まればと─漫画と居心地の良さ

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来店客のターゲットは当初から学生に絞っている。接客経験がなかったため、大人相手の商売よりも子どもや学生との交流を選んだ。そのために工夫したのが「漫画を置く」という仕掛けだ。開業当初から置かれているコミックは今や25年ものの蔵書も多いが、現在も週刊誌『ジャンプ』や『マガジン』も常備。ただし最近はスマホゲームを楽しむ学生も多く、漫画を手に取る機会は減ってきているという。

酒・タバコは厳禁、子どもたちを守る空間

店の営業は20時までで、飲酒目的の客はほとんどいないが、例外的に持ち込みを希望する人には「子どもがいないときのみ」と制限を設けている。タバコも完全禁止で、「子どもたちが安心して過ごせる空間を守るため」と松島さんは強調する。

様々な学生との縁によるメディアからの取材

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オープン当初、FM三重の取材を受けた経験もある。きっかけは、三重高校野球部の生徒たちがこの店を「たまり場」として利用していたことだ。甲子園出場時には、ここで部員たちと共にインタビューに応じ、地域と学校、そして店との温かい関係性が放送を通じて広く伝わった。

歴史を刻む「メッセージボード」

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お店の壁を彩るメッセージボードは、開業間もない頃に松阪大学ラグビー部の学生が「何か書く紙が欲しい」と言ったことから始まった。捨てるのはもったいないと壁に貼り、いつしか常設コーナーに。小学生が書くためだけに訪れることもあり、紙が切れると催促されるほどだ。いっぱいになったメッセージはファイルにまとめられ、時折半分ほど差し替えられながら保存されている。

看板メニューの誕生秘話

粉ものを揚げる!? あげたこの魅力

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あげたこ:4個260円、8個520円、12個780円
店の看板メニューのひとつ「あげたこ」は、松島さんが子どもの頃から慣れ親しんできた味だ。高校や中学時代に友人と食べ歩きをした記憶があり、その美味しさを多くの人と共有したいとメニュー化したという。創業当時からあり、今や25年近い歴史を持つ定番メニューとなっている。

基本的に揚げた後に塩コショウとマヨネーズをかけて提供されるが、ソースの種類は自由に選べる。キムチソースや普通のソースなど、用意があるものであれば何でも対応するという。

揚げることでカリカリの外側ととろりとした内側の食感のコントラストがなんとも面白い。粉ものを揚げることでしつこくなるかと思いきや、味付けがあっさりしているので小気味よく食べ進めることができる。

多彩なソースと世代ごとの人気傾向

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たこやき:4個240円、8個480円、12個720円 左上:ソース、左下:ピリ辛ソース、右上:白醤油(白だし)
たこ焼きの味付けには複数のソースを用意しているが、最も人気なのは甘口の定番ソースだという。大人には白しょうゆ油、高校生にはキムチ味が好評。特に男子高校生は部活動終わりに5〜10人単位で訪れ、一気に大量注文をすることもあったが、近年は4個程度の控えめな注文が主流になっている。コロナ禍以降、その傾向はより顕著になったそうだ。

ソースのバリエーションは5種類!

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メニューに並ぶ多彩なソースは、松島さん自身が「こんなんどうかな?」と試しながら生まれたものが多い。季節ごとのメニュー変更は一切なく、ドリンクメニューも設けていない。飲み物は外の自動販売機(チェリオ)を利用してもらうスタイルで、持ち込みも自由だ。理由は単純で、「めんどくさいから」と笑いながら語るが、実際には限られたスペースと家庭用冷蔵庫で運営しているため、大型設備を置く余裕がないのが本当のところのようだ。

作り置きは最小限、できたてを届けるこだわり

松島さんの店では、たこ焼きは常に3パック分だけを作り置きしている。「たくさん焼きすぎると、売れなかったときにおいしくなくなってしまうから」と理由はシンプル。地元の高校生が部活帰りに駆け込んできても、いつでもできたてに近い状態で提供できるよう工夫している。

また、メニューには冷凍カップアイスもあり、手動式の機械でソフトクリームを作れるのが密かな人気。高校生から「自分で作りたい」とリクエストがあれば、そのまま機械を渡して体験させるという。この自由でゆるやかな空気感が、子どもたちの心を惹きつけてやまない。

うまい棒を生地で巻く人気メニュー!?

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ヤミーロール90円(ダブル:100円)
「ヤミーロール」は、薄く縦長に伸ばした生地にソースをつけ、うまい棒を巻いたものである。うまい棒はたこ焼き味やめんたい味、コーンポタージュ味などが人気だとのこと。

名古屋のテレビ番組で見かけた卵巻きスナックから着想を得た。既存の形では子どもが食べにくいと感じ、紙に包んで提供するスタイルに改良。さらに中にソースを塗ることで食べやすくし、子どもたちの人気を集めた。

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ヤミーロールダブル:100円
裏メニューで、うまい棒を2本追加した「ダブル」も人気。追加金額はうまい棒1本分のみで、味を変えたりシンプルに同じ味を2本にしたりと、子どもなりのアレンジを楽しんでいるようだ。

もっちりとした生地とうまい棒のサクサク感という食感のコントラストがとてもおもしろい。小腹が空いた時にもしっかり目の味なので満たされるだろう。

地域の子どもたちと笑顔をつなぐ、等身大のたこ焼き店主

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松阪市の住宅街にひっそりと佇むたこ焼き店。そこには、派手な看板や宣伝はなくとも、地元の高校生や子どもたちが日常的に集う温かな空間が広がっている。店主・松島さんは、ビジネスとしての成功よりも「子どもたちと過ごす時間」を大切にしてきた。学校帰りに立ち寄る子どもたちが多く、店先や店内で「おばちゃん」との会話を楽しむ光景が日常だ。

「特に何も意識していないんです。ただ自然とお客さんとおしゃべりしてしまう」と松島さんは笑う。来店する子どもたちとは必ず一度は会話を交わし、挨拶や礼儀も忘れず促す。公園帰りに水だけ飲みに来る子、トイレを借りに来る子にも「ありがとう」をきちんと伝えさせる。まさに地域の“おばちゃん”としての存在感を放っているのである。

気負わず肩の力を抜いた経営、淡々と続けるという選択

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松島さんは、「すぐ潰れても仕方がない」というくらいの気持ちで店を始めたと話す。売上や拡大を目指すのではなく、自分のやりたかった店づくり、そして子どもたちや学生との交流を何より大切にしている。忙しくなる大人客よりも、ゆるやかに過ごせる学生たちとの時間を優先する姿勢が印象的だ。
70歳を迎えた松島さんは、「あと5年ぐらいで終わりかな。ボケ防止です笑」と話すが、その言葉には悲壮感はない。「身体が動く限り、子どもたちとおしゃべりしながら過ごせればいい」と笑顔を見せる。「悪いところは頭だけ」と冗談を交えつつも、その目には地域の子どもたちへの温かなまなざしが宿っている。

この店は、単なるたこ焼き屋ではない。地域の子どもたちにとっては、安心して立ち寄れる居場所であり、松阪市の小さなコミュニティを支える大切な拠点である。ここで交わされる他愛もない会話や笑顔は、きっと誰かの心の中で長く生き続けるに違いない。
Yummy!(ヤミー)
住所
〒515-0031
三重県松阪市大津町62−30
営業時間
木曜日
15:00〜20:00
月曜日
15:00〜20:00
火曜日
15:00〜20:00
水曜日
15:00〜20:00
木曜日
15:00〜20:00
金曜日
15:00〜20:00
土曜日
11:00〜18:00
日曜日
定休日
開閉
電話番号
0598-26-8422
定休日
日・祝
最寄駅
東松阪駅より徒歩5分
支払方法
現金のみ
平均予算
〜500円
駐車場
店横2台
席数
4名掛けテーブル×1席、カウンター3席
その他
テイクアウトあり
禁煙
禁煙

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