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三重県松阪市の静かな一角に、築月を重ねた古民家がひっそりと佇んでいる。一歩足を踏み入れると、壁面を埋め尽くす書の作品群が訪れる者を圧倒する。これは単なる蕎麦屋ではない。一人の男が半世紀以上をかけて積み上げてきた、料理人としての生き方そのものを体現した空間だ。店主である桝田幹雄さん(75)はイタリアン料理店を経て、現在の蕎麦屋にたどり着いた。
そんな男の半生とはどのように築かれていったのか、今回はそんな「悠庵」と「桝田さん」に焦点を当てることにする。
そんな男の半生とはどのように築かれていったのか、今回はそんな「悠庵」と「桝田さん」に焦点を当てることにする。
修行時代〜創業と、失敗から始まる再起
桝田さんは高校を卒業後現場職人として働きながら資金を貯め、21歳でレストランの世界へ飛び込んだ。二年ほどの修業を経て、23歳でイタリアンと喫茶を組み合わせた飲食店を立ち上げ、独立を果たした。その後事業を拡大させ、複数店舗体制を26歳という若さで実現させたが、そのうちの1店舗が失敗に終わり、何千万円もの借金を背負うことになる。
しかしそこで諦めるどころか、駅前の土地を購入してビルを建設。折しも高度経済成長の波に乗り、土地の資産価値がうなぎ上りに上昇していく中で、借金を返済しながら不動産賃貸業にも乗り出していった。
しかしそこで諦めるどころか、駅前の土地を購入してビルを建設。折しも高度経済成長の波に乗り、土地の資産価値がうなぎ上りに上昇していく中で、借金を返済しながら不動産賃貸業にも乗り出していった。
そもそも桝田さんがはじめに思い描いていた事業は老人ホームだった。一階にバーやビリヤードを備えた、入居者が自由に遊び、精神的な健康を保ちながら暮らせる施設を作りたいという夢を抱いていた。今でこそアクティブシニア向けの複合型介護施設は珍しくないが、半世紀以上前にその構想を持っていたことは、桝田さんの先見性を如実に示している。
その夢の象徴として掲げ、考えていた施設の名前「ユートピア」は後に建設した賃貸マンションの名称となり、さらには飲食店「トピア亭」へ、現在の蕎麦店「悠庵」の屋号にまでその精神が息づいている。
その夢の象徴として掲げ、考えていた施設の名前「ユートピア」は後に建設した賃貸マンションの名称となり、さらには飲食店「トピア亭」へ、現在の蕎麦店「悠庵」の屋号にまでその精神が息づいている。
イタリアンから蕎麦へ—52歳の転身が生んだ新たな情熱
そんな桝田さんが蕎麦の世界に足を踏み入れたのは、52歳のことだった。蕎麦打ち学校で基礎を習得後、伊勢山上という松阪の山深い霊場の近くに店を構えた。自然に囲まれたその場所で週末だけの蕎麦屋を営みながら、平日は駅前のイタリアンを続けるという二足の草鞋生活を送った。蕎麦という素材が持つ奥深さに、桝田さんは急速に魅了されていった。
伊勢山上での15年間を経て、現在の古民家へと拠点を移したのは2015年ごろのこと。この古民家を選んだ理由の一つに、書家として活躍する娘の作品を展示するギャラリーとして活用したいという思いがあった。高校二年生の時点で全国一位を獲得し、その後東京の著名な師匠のもとで研鑽を積んできた娘の書は、幅広い分野で高く評価されているという。古民家の壁面を飾る力強い筆致の作品群は、蕎麦を食べながら自然と目に入り、食の体験に文化的な奥行きを加えている。
手挽き・手打ちへのこだわりと、蕎麦が持つ四季の豊かさ
悠庵の蕎麦が他と一線を画す理由の一つが、手引きと手打ちへの徹底したこだわりだ。機械を使わずに手で挽いた蕎麦粉は、熱を持たないため香りが格段に豊かになる。生まれるこの香りの豊かさこそが、悠庵の蕎麦の最大の個性になっていると確信している。
蕎麦は二八蕎麦と十割蕎麦、そして温かい料理向けの太麺という三種類を使い分ける。二八蕎麦は小麦粉が二割混じることで味わいに厚みが生まれ、十割蕎麦は純粋な蕎麦の風味を楽しめる一方でやや淡白な印象になる。温かい麺は細すぎると汁の熱で切れてしまうため、あえて太めに仕立てている。こうした細やかな使い分けは、長年の経験と試行錯誤から生まれた知恵だ。
茹で時間はわずか15秒から20秒。その後、氷水でしっかりと締めることで、蕎麦本来のコシと風味が最大限に引き出される。水の温度が不十分だと仕上がりが落ちるため、この締めの工程には特に気を配っている。
蕎麦は二八蕎麦と十割蕎麦、そして温かい料理向けの太麺という三種類を使い分ける。二八蕎麦は小麦粉が二割混じることで味わいに厚みが生まれ、十割蕎麦は純粋な蕎麦の風味を楽しめる一方でやや淡白な印象になる。温かい麺は細すぎると汁の熱で切れてしまうため、あえて太めに仕立てている。こうした細やかな使い分けは、長年の経験と試行錯誤から生まれた知恵だ。
茹で時間はわずか15秒から20秒。その後、氷水でしっかりと締めることで、蕎麦本来のコシと風味が最大限に引き出される。水の温度が不十分だと仕上がりが落ちるため、この締めの工程には特に気を配っている。
松阪牛を使った蕎麦は悠庵の看板メニューの一つだ。地元の肉屋から仕入れた質の高い松阪牛をたっぷりと使い、原価を考えれば採算が合わないほどたっぷりの量を盛り付ける。松阪という土地でご当地蕎麦を作るならばと考えた末の判断だったが、今では東京でも肉蕎麦が流行しており、またしても時代が桝田さんの発想に追いついてきた格好だ。
季節ごとに変わり蕎麦も提供しており、正月には柚子、春にはよもぎ、通年で胡麻など、粉に素材を練り込んだひと品が食卓に彩りを添える。日本の蕎麦文化には四季があり、季節ごとに表情が変わる豊かさがあると桝田さんは語る。その言葉には、長年イタリアンに携わってきた者だからこそ感じられる、日本料理への深い敬意が滲んでいる。
季節ごとに変わり蕎麦も提供しており、正月には柚子、春にはよもぎ、通年で胡麻など、粉に素材を練り込んだひと品が食卓に彩りを添える。日本の蕎麦文化には四季があり、季節ごとに表情が変わる豊かさがあると桝田さんは語る。その言葉には、長年イタリアンに携わってきた者だからこそ感じられる、日本料理への深い敬意が滲んでいる。
粋に生きること—蕎麦前文化と、男の美学
桝田さんが悠庵を通じて伝えたいことの核心は、蕎麦の「粋な食べ方」にある。江戸の蕎麦文化に根ざした「蕎麦前」という習慣、すなわち蕎麦を食べる前に酒と肴を楽しみ、最後に蕎麦で締めるというスタイルを松阪の地で実践しようとしてきた。そのために厳選した日本酒を揃え、蕎麦に合うつまみを丁寧に仕込んでいる。
蕎麦という文化の奥深さと、粋な食べ方の本質を追い求め続けている。関西には蕎麦文化が根付いていないと桝田さんは言う。好きな人間は食べるが、蕎麦前を楽しむような粋な食べ方を知っている人間は少ない。
だからこそ、いつか駅前にもう一店舗を構え、酒を飲みながら蕎麦を楽しめる空間を作りたいという夢が消えない。鴨汁蕎麦の専門店を出したいという構想も温めている。鴨汁蕎麦の専門店はまだほとんど存在しない中、様々なリスクを含めて夢と現実の間で思考を巡らせているらしい。
蕎麦という文化の奥深さと、粋な食べ方の本質を追い求め続けている。関西には蕎麦文化が根付いていないと桝田さんは言う。好きな人間は食べるが、蕎麦前を楽しむような粋な食べ方を知っている人間は少ない。
だからこそ、いつか駅前にもう一店舗を構え、酒を飲みながら蕎麦を楽しめる空間を作りたいという夢が消えない。鴨汁蕎麦の専門店を出したいという構想も温めている。鴨汁蕎麦の専門店はまだほとんど存在しない中、様々なリスクを含めて夢と現実の間で思考を巡らせているらしい。
古民家が紡ぐ、食と文化の交差点
材料費の高騰が続く中でも価格を抑え、質を落とさない姿勢を貫いている。今の時代には明らかに採算割れだと本人も認めるが、客に気持ちよく飲んでもらいたいという思いが優先されているのだろう。
19歳で理想郷を夢見た少年は、70代を超えた今も新しい店の構想を練り、蕎麦打ち台の前に立ち続けている。手引きの石臼を回しながら、くるみの油で磨いた麺棒を手に取るその姿に、「粋」を追い求めてきた男の美学が静かに宿っている。松阪という地方都市の古民家で、一杯の蕎麦が今日も誰かの人生に小さな豊かさをもたらしている。
手打ち蕎麦 蕎楽 悠庵
〒515-2408
三重県松阪市嬉野宮野町324−1
金曜日
11:00〜14:30
月曜日
11:00〜14:30
火曜日
11:00〜14:30
水曜日
定休日
木曜日
11:00〜14:30
金曜日
11:00〜14:30
土曜日
11:00〜14:30
日曜日
11:00〜14:30
0598-43-2311
席数
34席(テーブル席:8名掛け×1、6名掛け×1、4名掛け×2、座敷:4名掛け×2)
L.O.
14:00
定休日
水曜
最寄駅
伊勢中川駅より車で15分
支払方法
現金のみ
平均予算
1,000〜2,000円
駐車場
店横8台、店裏3台
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