目次
小見出しも全て表示
閉じる
三重県松阪市の一角に、40年以上の歴史を持つフレンチレストラン「シェ・ロアンヌ」がある。本格的なフレンチのコースだけでなく、パスタや欧風カレーなど手軽な洋食を楽しむことができる。
店名の「シェ・ロアンヌ」は、「ロアンヌの店」という意味で、修行時代の休暇中にフランスを旅した際、ロアンヌ地方の美しい景色とそこにあった三つ星レストランの印象が強く残っていたことから名付けた。フレンチの店名でありながら、どこか親しみやすさを感じさせる名前である。
そんな店で腕を振るうのは店主の奥村裕さん(73)。円熟した料理人のこれまでの軌跡と、店の歴史を紐解いていこう。
店名の「シェ・ロアンヌ」は、「ロアンヌの店」という意味で、修行時代の休暇中にフランスを旅した際、ロアンヌ地方の美しい景色とそこにあった三つ星レストランの印象が強く残っていたことから名付けた。フレンチの店名でありながら、どこか親しみやすさを感じさせる名前である。
そんな店で腕を振るうのは店主の奥村裕さん(73)。円熟した料理人のこれまでの軌跡と、店の歴史を紐解いていこう。
志摩観光ホテルで培った本物の技術
奥村さんのフレンチへの道は、高校卒業後に大阪の調理師学校に進学したことから始まった。卒業後、三重県を代表する名門ホテル、志摩観光ホテルに就職。当時30歳の若き料理長、高橋 忠之氏のもとで10年間の修業を積んだ。高橋氏は社長に抜擢された実力者で、当時としては異例の若さで料理長に就任した人物だった。その環境の中で、奥村さんは本格的なフレンチの技術を身につけていった。
当時のフレンチは今のような装飾的なスタイルではなく、ソースで料理を食べさせる古典的なスタイルが主流。奥村さんは今でもそのスタイルを大切にしており、ソースに重きを置いた料理を提供し続けている。
奥村さんは入社時から独立の時期を決めていた。「10年間修業して独立する。その計画通り、28歳で松阪に戻り、自分の店を持つことになる。志摩観光ホテルでの厳しい修業は、独立への明確な目標があったからこそ乗り越えられたのかもしれない。
当時のフレンチは今のような装飾的なスタイルではなく、ソースで料理を食べさせる古典的なスタイルが主流。奥村さんは今でもそのスタイルを大切にしており、ソースに重きを置いた料理を提供し続けている。
奥村さんは入社時から独立の時期を決めていた。「10年間修業して独立する。その計画通り、28歳で松阪に戻り、自分の店を持つことになる。志摩観光ホテルでの厳しい修業は、独立への明確な目標があったからこそ乗り越えられたのかもしれない。
貸テナントから土地購入、自社テナントへ
松阪に店を構えたのは、志摩観光ホテルで働いていた時期に、松阪から通う常連客が多かったことが影響している。独立を考えた時、全く知らない土地よりも、ある程度顧客基盤が見込める松阪を選んだのは自然な流れだったといえる。
独立当初、奥村さんが構えたのは駅前の小さな店だった。17坪ほどの細長い空間に、客席は4人掛けテーブルとカウンターをあわせて合計24席ほど。規模は小さいが、駅前という立地ゆえ家賃は高く、若い料理人にとっては大きな負担でもあった。
開店すると、志摩観光ホテル時代の常連客が松阪に多くいることがわかった。松阪から志摩まで食事に通う裕福な顧客たちだ。彼らにダイレクトメールを送ったところ、多くの人が新しい店に足を運んでくれるようになる。志摩観光ホテルで食べていた味を、地元で手頃な価格で楽しめるとあって、医師を中心とした常連客が定着していった。
独立当初、奥村さんが構えたのは駅前の小さな店だった。17坪ほどの細長い空間に、客席は4人掛けテーブルとカウンターをあわせて合計24席ほど。規模は小さいが、駅前という立地ゆえ家賃は高く、若い料理人にとっては大きな負担でもあった。
開店すると、志摩観光ホテル時代の常連客が松阪に多くいることがわかった。松阪から志摩まで食事に通う裕福な顧客たちだ。彼らにダイレクトメールを送ったところ、多くの人が新しい店に足を運んでくれるようになる。志摩観光ホテルで食べていた味を、地元で手頃な価格で楽しめるとあって、医師を中心とした常連客が定着していった。
3年半後、奥村さんは現在の場所に土地を購入して移転、店舗を新築。当初は1階全体をレストランにして従業員も数名雇い、駅前の店の3倍程度の席数で営業を展開した。
バブル期には、コース料理を注文する客が次々と訪れる。店内では、医師同士が偶然出会って挨拶を交わす光景もよく見られたという。当時の松阪は、本格的なフレンチのコース料理を楽しんでいた時代だった。
しかしバブル崩壊後、客足は徐々に減少していくこととなる。大きな店舗を維持することの難しさを感じた奥村さんは、約25年前に店舗を縮小することを決断し、テナント兼賃貸マンションのビルとして建て替え。1階の一部をテナントとして貸し出し、レストラン部分を現在の規模に縮小した。同時に、従業員も徐々に減らし、最終的には妻と二人、アルバイトを少し雇う程度の体制に移行。現在の営業スタイルとなった。
バブル期には、コース料理を注文する客が次々と訪れる。店内では、医師同士が偶然出会って挨拶を交わす光景もよく見られたという。当時の松阪は、本格的なフレンチのコース料理を楽しんでいた時代だった。
しかしバブル崩壊後、客足は徐々に減少していくこととなる。大きな店舗を維持することの難しさを感じた奥村さんは、約25年前に店舗を縮小することを決断し、テナント兼賃貸マンションのビルとして建て替え。1階の一部をテナントとして貸し出し、レストラン部分を現在の規模に縮小した。同時に、従業員も徐々に減らし、最終的には妻と二人、アルバイトを少し雇う程度の体制に移行。現在の営業スタイルとなった。
本格フレンチから親しみやすい洋食へ
現在のメニュー構成は、志摩観光ホテルの系脈を受け継いだ本格的なフレンチのコース料理から、気軽に楽しめる洋食まで幅広い。本格的なフレンチのコース料理は残しつつ、ハンバーグ、エビフライ、シーフードカレーといった洋食メニューが充実している。特にシーフードカレーは人気メニューとなり、40年間このカレーしか注文しないという常連客もいるほどだ。
ランチタイムには、A、B、Cランチが人気だ。Bランチのビーフシチューに使用する肉は、ブリスケと呼ばれる部位。前モモの上部、足の付け根あたりの部位で煮込み料理に適し、強炭酸水をじっくり煮込むことで柔らかく美味しく仕上がる。
他にも、ホテル時代の先輩が作っていたメニューが美味しかったため、レシピを教わって自分なりにアレンジ。40年間変わらず注文し続ける常連客がいる定番メニューとなった、たらこスパゲッティをはじめとしたパスタメニューも設けた。フレンチレストランでありながら、パスタを目当てに訪れる客も少なくない。
ランチタイムには、A、B、Cランチが人気だ。Bランチのビーフシチューに使用する肉は、ブリスケと呼ばれる部位。前モモの上部、足の付け根あたりの部位で煮込み料理に適し、強炭酸水をじっくり煮込むことで柔らかく美味しく仕上がる。
他にも、ホテル時代の先輩が作っていたメニューが美味しかったため、レシピを教わって自分なりにアレンジ。40年間変わらず注文し続ける常連客がいる定番メニューとなった、たらこスパゲッティをはじめとしたパスタメニューも設けた。フレンチレストランでありながら、パスタを目当てに訪れる客も少なくない。
ワインリストも、かつては高級ワインも揃えていたが現在は需要に合わせて縮小している。価格設定は、一般的な相場から見てもかなり良心的だ。しかし、ボトルワインを注文する客は減り、グラスワインが中心となった。時代の変化に合わせて柔軟に対応しながらも、品質は決して落とさない。それが奥村さんのスタイルだ。
テイクアウトに関しては、コロナ前までは病院での勉強会用弁当を何十個単位で注文されることもあるなど需要も大きかった。フレンチレストランの弁当が医療関係者の勉強会で食べられるというのは、シェ・ロアンヌの品質と信頼の証だったのだろう。しかしコロナ禍でこうした需要はほぼなくなり、現在は個人からの予約が中心となっているという。
テイクアウトに関しては、コロナ前までは病院での勉強会用弁当を何十個単位で注文されることもあるなど需要も大きかった。フレンチレストランの弁当が医療関係者の勉強会で食べられるというのは、シェ・ロアンヌの品質と信頼の証だったのだろう。しかしコロナ禍でこうした需要はほぼなくなり、現在は個人からの予約が中心となっているという。
73歳の現役シェフが見つめる未来
73歳になった今も、奥村さんは現役で厨房に立ち続けている。約2年前から週5日の営業体制に変更。志摩観光ホテル時代はシーズンオフに2週間ほどの休暇があり、海外旅行に行くこともあったが、独立してからは長期休暇とは無縁の生活だった。
50年以上休みなく働き続けてきた奥村さんにとって、2日間の連休は逆に持て余すこともある。しかし、最近は夫婦連れ立って旅行に行く機会も増え、少しずつ休日の過ごし方にも慣れてきた。
あと何年続けられるか自分でもわからない。ただ、「体が動く限りはこの店で料理を作り続けたい」という思いがある。50年以上料理人として生きてきた人間にとって、厨房に立つことは生活の一部であり、アイデンティティそのものなのだ。
50年以上休みなく働き続けてきた奥村さんにとって、2日間の連休は逆に持て余すこともある。しかし、最近は夫婦連れ立って旅行に行く機会も増え、少しずつ休日の過ごし方にも慣れてきた。
あと何年続けられるか自分でもわからない。ただ、「体が動く限りはこの店で料理を作り続けたい」という思いがある。50年以上料理人として生きてきた人間にとって、厨房に立つことは生活の一部であり、アイデンティティそのものなのだ。
変わらぬ味を支える哲学ー敷居の高さを超えて
奥村さんに料理で大切にしていることを尋ねると、意外な答えが返ってきた。「特に何も考えていない」と。50年以上料理を作り続けてきた結果、体が自然に動くようになった。こだわりが無意識のレベルまで浸透し、自然体で最高の料理が作れるようになったということだろう。志摩観光ホテルで叩き込まれた基礎技術、40年以上の独立経営で培った経験、そのすべてが体に染み込んでいる。それはまるで、職人の境地とも言える状態といえよう。
「フレンチ」という言葉には、どうしても高級で敷居が高いというイメージがつきまとう。しかし、奥村さん自身「もう洋食屋でいい」と語る。本格的なフレンチの技術は持っているが、それを振りかざすつもりはない。地域の人々が気軽に訪れ、美味しい料理を楽しんでもらえればそれでいい。40年以上この地で営業を続けてきた中で、奥村さんが辿り着いた境地だ。
松阪という地方都市で、本格的なフレンチの技術を持ちながら、洋食屋として地域に根ざす。その絶妙なバランスが、シェ・ロアンヌの魅力であり、長く愛され続ける理由だろう。高級フレンチの敷居の高さと、日常的に通える親しみやすさ。その両方を併せ持つ稀有な存在として、これからも地域の人々の食の時間を彩り続けるに違いない。
「フレンチ」という言葉には、どうしても高級で敷居が高いというイメージがつきまとう。しかし、奥村さん自身「もう洋食屋でいい」と語る。本格的なフレンチの技術は持っているが、それを振りかざすつもりはない。地域の人々が気軽に訪れ、美味しい料理を楽しんでもらえればそれでいい。40年以上この地で営業を続けてきた中で、奥村さんが辿り着いた境地だ。
松阪という地方都市で、本格的なフレンチの技術を持ちながら、洋食屋として地域に根ざす。その絶妙なバランスが、シェ・ロアンヌの魅力であり、長く愛され続ける理由だろう。高級フレンチの敷居の高さと、日常的に通える親しみやすさ。その両方を併せ持つ稀有な存在として、これからも地域の人々の食の時間を彩り続けるに違いない。
シェ ロアンヌ
〒515-0045
三重県松阪市駅部田町1074−8
水曜日
11:00〜14:00
17:00〜21:00
月曜日
定休日
火曜日
定休日
水曜日
11:00〜14:00
17:00〜21:00
木曜日
11:00〜14:00
17:00〜21:00
金曜日
11:00〜14:00
17:00〜21:00
土曜日
11:00〜14:00
17:00〜21:00
日曜日
11:00〜14:00
17:00〜21:00
0598-23-7030
席数
20席(テーブル:4名掛け×3、3名掛け×2、2名掛け×1)
L.O.
ランチ-13:30、ディナー-19:30
定休日
月・火
最寄駅
松阪駅より車で20分
支払方法
クレジットカード、PayPay
平均予算
ランチ:1,200~3,000円、コース:3,800〜10,000円
駐車場
店前11台(他店舗と共用)
前回の記事はこちら!
これまで紹介したお店たちはこちら!
※記事の内容は、公開時点の情報です。記事公開後、メニュー内容や価格、店舗情報に変更がある場合があります。来店の際は、事前に店舗にご確認いただくようお願いします。
知られざる銘店、行ってきました! 松阪どローカルぐるめに関する記事
三重の人気ランキング