ライター : macaroni松阪特派員 たけ

松阪市 地方活性化企業人

営業はお昼どきのみ。地域に根ざした“ちょうどいい”食堂

三重県松阪市飯高町。山々に囲まれたのどかなまちに、静かに佇む「砂子(まなご)商店」は、昭和28年創業の老舗商店兼食堂。ともすれば見逃してしまいそうなほどひっそりと営業しているが、しかし地元の人々にはなくてはならない存在だ。時代とともにそのかたちは少しずつ変わりながらも、地域の人々の暮らしに寄り添い続けている。

今回は、現在店をひとりで切り盛りしている砂子文子さんに、食堂の営業スタイルや歴史、そして代々受け継がれてきた「砂子商店」の日々について伺った。
「食堂の営業はだいたい11時半から13時、長くても14時ごろまでですね」と話す砂子さん。夜の営業は基本的に行っておらず、ごくまれに早めの時間に食事を希望する来店があれば、可能な範囲で対応しているという。

定休日は日曜日。とはいえ、商店としての営業は日曜も継続しており、たばこやアイスクリームといった商品は購入可能とのこと。いわば、町の“なんでも屋さん”のような存在だ。

テーブル3卓のこぢんまりとした空間。日常に寄り添うひととき

Photo by macaroni

店内は、4人掛けテーブルが2卓、2人掛けが1卓。全体で3組ほどが座れば満席になる、こぢんまりとしたつくりだ。「常連さんが多いので、もし混み合っていたら客席に隣接する“座敷で食べてもらっていいですか?”とお願いすることもありますね」とのこと。客層は近隣の住民や働く勤め人、一人または二人で訪れる人が中心で、ほっと一息つける空間として重宝されている。

昭和28年創業。代々受け継がれた「家族の味」

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現在の店舗は昭和28年ごろから営業を続けており、砂子さんの義母がはじめた商店兼食堂だった。当時は座敷があり、地元の人々がコップ酒を片手に語り合う、ちょっとした社交場でもあったという。

義母が高齢で店に立てなくなってからは、砂子さんが引き継ぐかたちで営業を継続。ここ10年ほどは一人で店を切り盛りしており、商店と食堂を両立させながら、地元の人々の“日常の中の特別”を支えている。

小さな家から始まった、店の歴史

この土地に店を構えるようになったのは、義母と義父が結婚されたときにこの場所に家を建てたのがきっかけだった。

「もともとこの地区に“砂子”という姓はなかったんです。隣町の七日市から来ていて、義父の実家はそっちなんです。ここの土地があったので家を建てて、お義母さんが“お店でもやろかな”って」義父は養蚕関連の仕事をしており、家のことや店のことは義母がほぼ一人で切り盛りしていた。子育てや家事を支えてくれたのは、義母のお母さんや親戚のおばさんだったという。
「砂子商店」ではSNSやホームページといった情報発信は行っていないが、過去に商工会刊行の冊子企画で紹介されたことがある。そのとき取り上げられたのが、手づくりの「オムライス」だ。

「商工会の方が食べに来られて、それを撮って載せてもらったんですよね」と砂子さん。派手な宣伝はないが、ひと皿の料理を通して自然と話題が広がっていく、そんな温かさが伝わってくる。

結婚を機に、家業へ。35年かけて築いた店主としての今

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「結婚してこの家に入ってから、もう35年くらいになりますかね」と語る砂子さん。最初の頃は子育てをしながら手伝いというかたちで関わっていたが、次第に義母と二人三脚での営業となり、現在に至る。

料理の世界に入る前は、保育園で給食を担当していたという。調理師としての専門経験はなかったものの、家庭の延長線上にある“やさしい味”が、多くの人に親しまれている理由なのかもしれない。

名古屋でのキャリアと“飯高”への帰郷

若い頃、砂子さんは名古屋で働かれていたそう。仕事は個人医院の医療事務と診療補助。その後、家庭の事情で故郷へ戻ることになる。

「うちは姉妹だけでね。親から“帰ってこい”って言われて。女ばっかりやし家を継がなあかんかもって思ったけど、結局はみんな出てしもてて…」と笑う。
地元へ戻ってからは事務職を経て、調理師免許を取得。保育園の給食づくりにも1年半ほど携わったという。だが、結婚と出産を機に外での仕事は終え、自宅兼店舗での仕事が中心になった。

絵も、詩も、歌も、料理も―“できないことがない人”

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義母の隆子さんについて話が及ぶと、砂子さんの表情がふっと和らぐ。

「本当に、何でもできる人やったんです。歌もうまいし、絵も詩も料理も。厳しい人やなかったですよ。嫌味も言わへんし、怒ることもなかった。ほんま、ようできたお義母さんでした」

偉大な義母の背中とおもてなしの心、“母の味”

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「店の味って、お義母さんの味ですか?」そんな問いかけに、砂子文子さんは少し言葉を選びながら、「どうなんやろう」と静かに答える。

手が早くてね、私が“教えてもらおう”と思ったときには、もう出来上がっとるんですわ」

ご主人の母であり、創業者である義母から直接料理を習ったわけではないという。振り返れば、「もっとちゃんと教えてもらっておけば良かった」と、今も悔やむほどだ。

一緒に調理場に立ちながらも、「あっという間に全部終わってしまってた」と笑いながら語る姿には、尊敬と愛情がにじむ。そのため、調理の仕方や味付けなどは調理学校も出ているご主人にほとんど教わった。やはり義母とご主人の料理には“流儀の違い”があるらしい。

義母は料理番組をよく見ては、自分なりにアレンジし、注文に応じた一皿をさらりと作ってしまうような、チャレンジ精神にあふれた人だった。
「お姉さんたちがよく言うんです。“お義母さん、こんなの作ってくれたなあ”って」
砂子さんが嫁いできた当時、義母の出す“おしゃれな料理”の数々に驚かされたという。「私、こんなん作ってきてへん……って思いました。実家とは全然違いました」

おもてなしが染み込んだ家と台所

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義母の料理は、家庭のためだけではなかった。義父はとにかく人をもてなすのが好きな人で、夏の鮎釣りの季節ともなると親戚一同が集まり、家がちょっとした宴の場になる。

「お盆や正月かなっていうぐらいの賑やかさでした。前の日から竿を出して手入れしながら、わいわい言うて。それをおばあちゃんが“はいはい”って言いながら、座敷いっぱいに料理を出してもてなすんです」

その様子を目の当たりにして、砂子さんは「私、こんなことようせんわ」と思ったという。それでも、店に流れる“おもてなしの空気”は、義父母のそうした日常から生まれ、今もなお続いている。

人気メニューの系譜。中華飯、そして“丼もの”文化

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カツ丼:650円
メニューは通年変わることはないが、季節によって人気商品は変わる。夏場には冷やし中華を求める声も多いが、反対に、冬の人気メニューは味噌煮込みうどんや鍋焼きうどん。それぞれの時期になると、自然とオーダーが集まってくる。
義母の得意料理はと問えば、「何でも作った」という返事が返ってくる。中でもよく出ていたのが、カツ丼や肉うどんなどの丼もの。出前でもよく注文が入ったという。

カツ丼は人参やいんげん、玉ねぎなど具だくさん。しっかりとした塩味が効いたたっぷりの出汁と、“並盛り”が他店の“大盛り”に相当するほどのボリュームを感じるご飯の量。まさしく田舎の男飯といったひと品だ。

「並でも十分多かったですけどね!」「多いかなと思ってた!」と笑い合う砂子さんと筆者。丼もののサイズは器で分けているという。まさしくどんぶり勘定という言葉が似合っている。

この“気前の良さ”は、山間地域ならではの働き手に向けた配慮から生まれたものだ。

「外で働く人が多いし、暑い中ようけ動かはるでしょ?しっかり食べてもらわなと思って」

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サービスの小鉢 何がでてくるかは当日のお楽しみ。
小鉢には、そのとき冷蔵庫にある食材や、その日感じた季節の移ろいを反映した副菜がそっと添えられる。メニューにはないが、“おまけのようなサービス”が自然に出てくるのが、この店の持ち味だ。

「小皿つけてあげるんです。ほんの気持ちなんですけどね」

そんな小さな心遣いが、お客さんにとっての“日々の楽しみ”になっている。

日替わり定食に込める、季節と体調への気配り

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日替わり定食:700円 この日のメニューはかれいの唐揚げと海藻サラダ、ピーマンの味噌炒め、山芋の素焼き。栄養バランスもしっかり取れている。
日替わり定食について尋ねると、「こだわりっていうほどじゃないですけどね」と前置きしつつも、その内容にはしっかりと“心”がこもっている。

「その日の気温とか、暑さ寒さを見て、何を食べてもらったら美味しいやろ?って考えるんです。」季節の素材を見極めて、身体にやさしく染み入る味を心がけている。

「同じ方が毎日来られるから、飽きんようにせなあかんし、外で働く人は暑いと食欲落ちるから、こってりしすぎてもあかんのです。文句ひとつ言わず、なんでも食べてくれる。だから作り甲斐がありますね。」

定食は「勝手に始めた」もの。おばあちゃん世代との食の境界線

「お客さんのリクエストメニュー?特にないですね」

意外とも取れる返答に、逆に店の“ルーツ”が垣間見える。義母が料理好きですでに一通りのメニューは網羅されてた。しかし、今提供している日替わり定食は、義母の代にはなかったものだ。

「私が勝手に始めたんです。10年ぐらい前ですかね。前から“定食やってみたら?”って言ったんですけど、おばあちゃんは“やらない”って。なので、私がお店を継いでから始めました。今では常連さんか見た人が“定食あるの?”って聞いてくれた時に、“ありますよ”って出る感じですね。メニューには乗せてないんですけどね。」

いつの間にかそれが定番になり、いまではお昼どきの裏メニューとなっている。

味の記憶をつなぐ。“濃い味”としっかりめの出汁が地域のスタンダード

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きつねうどん:500円
砂子商店のうどん出汁は、シンプルながら奥深い。鰹節、昆布、煮干し、干し椎茸、そしてとり皮といった素材を組み合わせ、奥行きのある味をつくりあげている。

「こだわりというよりも、昔からおばあちゃんや主人がそうやって作ってたんです」と語る。味のベースは三代に渡って受け継がれてきたもので、そこには家族の歴史と信頼がしっかりと根を張っているようだ。
こちらのきつねうどんもしっかり味。人生で初めて塩味の効いた甘めの味付けでないおあげさんをいただいた。これまでおあげさんは甘いものという固定概念を揺さぶられるような不思議な体験であった。しっかりした出汁の風味や、おあげと練り物のうまみをたっぷり吸い込んだうどん…夏場にもすすりたくなるような一杯である。
「この辺は、力仕事の人が多いから」料理の味付けについて話が及ぶと、そんな言葉が自然と出てくる。確かに、提供される定食や丼はしっかりとした味付けが特徴的だ。

「家で作ると主人からちょっと薄かったりするみたいで。“もうちょっと濃い方がいい”って言われたりしますね」

それがいつしか、このお店の「当たり前の味」になっていったのかもしれない。

地域と共に続けるということ。“人が減った”現実と向き合って

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「もう続けていくだけですね」

今後について問われた砂子さんの答えは、実直だった。この地域に限らず、人口減少は目に見えて進行している。
「早朝に新聞配達もやっているんですが、本当に高齢の方ばかりなんです。うちに来てくれてた人も、亡くなったり施設に入られたりして……お客さんが減っていくのは実感としてあります」
それでも、やめようとは思わない。この地に店を構えることの意味を、誰よりもわかっているからだ。
最後に、これから砂子商店を訪れる方々への思いを伺った。

「こんなお店なので、くつろげるような場所でもない。何人かで来たときに椅子を動かすと、座っている相手に迷惑がかかるほど狭い。でも、くつろいでもらえるようなお店にしていきたい」
そう語る砂子さんの言葉には、派手なサービスや装飾ではなく、心で寄り添う店づくりへの姿勢が込められているようだ。
まなご
住所
〒515-1613
三重県松阪市飯高町粟野147−1
営業時間
金曜日
11:00〜13:00
月曜日
11:00〜13:00
火曜日
11:00〜13:00
水曜日
11:00〜13:00
木曜日
11:00〜13:00
金曜日
11:00〜13:00
土曜日
11:00〜13:00
日曜日
定休日
開閉
電話番号
0598-45-0765
支払方法
現金のみ
平均予算
~1000円
駐車場
店前2台
席数
4名掛けテーブル×2、2名掛けテーブル×1
ランチ提供
ランチ

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