ライター : macaroni松阪特派員 たけ

松阪市 地方活性化企業人

Photo by macaroni

松阪駅からほど近い場所にある「満天や」は、街の中にありながら、ふと沖縄の空気を感じさせる居酒屋である。三重県内でも数少ない沖縄料理店として、本場の味と酒、そして独特のゆったりとした時間を届けてきた。

店を切り盛りするのは、松阪出身の店主・長谷川英祐さん(40)。沖縄で7年間、地元に根付いた居酒屋文化の中で修行を重ね、その経験を携えて故郷に戻った。ゴーヤチャンプルーやソーキ焼きといった沖縄料理に、地元の魚を組み合わせるスタイルは、松阪の飲食シーンの中でも異彩を放っている。


一方で、長谷川さんのこれまでの歩みは、最初から料理の道にあったわけではなく、原点はまったく異なる現場にある。その選択の積み重ねが、満天やという店の輪郭を形づくってきた。今回はそんな長谷川さんと満天やの道のりを振り返っていこう。

福祉から料理へー予想外のキャリアチェンジ

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高校卒業後、彼が選んだ進路は調理師専門学校ではなかった。向かった先は老人ホーム。介護士として現場に立ち、約2年半を過ごすことになる。その時間が、人と関わる仕事の難しさと奥深さを、自然と体に刻み込んでいった。そんな生活の中で、22歳を迎える年、人生の流れが少しずつ動き出す。

沖縄への移住に、明確な計画があったわけではない。背中を押したのは、「行ってみよう」という単純な好奇心だった。現地で仕事を探すために開いたタウンワークで、居酒屋の求人が目に入った。介護の経験を活かす道も頭をよぎったが、最終的に選んだのは、まったくの未経験だった料理の世界への挑戦だった。

学生時代から家で料理をすることは好きだった。ただ、プロの調理場は別物だった。想像以上の仕込み量、長時間に及ぶ下準備、そして一つひとつの作業に求められる正確さ。最初は戸惑いを隠せなかったという。それでも、地元に根づいた沖縄の居酒屋で働くうちに、現場の流れや調理の基本が少しずつ身についていく。気づけば、その経験が料理人としての土台になり始めていた。

沖縄の居酒屋文化ー時間を忘れる島の夜

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沖縄で過ごした7年間は、料理の技術を磨くだけの時間ではなかった。長谷川氏にとっては、飲食店を取り巻く文化そのものを体感する日々でもあった。途中、生活の拠点を移しながらも同じ居酒屋で腕を振るっていたという。そこで目にした光景は、本州で慣れ親しんだ居酒屋の常識とは大きく異なっていた。

沖縄では、酒を飲む時間の感覚がまるで違う。沖縄では飲み放題も、3時間が当たり前。それだけではない。朝5時まで営業する居酒屋も珍しくなく、繁華街では朝9時閉店の店も存在する。夜の仕事を終えたスナックやバーの従業員が朝7時に集まり、店が満席になる光景も特別なものではなかったそうだ。代行サービスが朝7時まで稼働しているのも、この土地ならではの事情だろう。

客は3時間、4時間と腰を据え、泡盛をゆっくりと傾ける。それでも、泥酔する人は意外なほど少ない。飲み慣れているからこそ、自分のペースを崩さず、静かに店を後にするのだ。こうした体験は、後の店づくりに少なからず影響を与えた。料理の味だけで勝負するのではなく、人が自然と長く居られる空間を整えること。その大切さを、沖縄の夜から学び取っていた。

地元松阪で沖縄料理店を選んだ理由

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飲食店で働き始めて2〜3年が経った頃、長谷川氏は自身の店を持つことを意識し始めていた。沖縄でも独立の話は複数あったが、最終的に選んだのは地元・松阪での開業である。地元意識の強い沖縄では、どれだけ努力を重ねても、よそ者である以上越えられない壁があると感じていた。決断を後押ししたのは、沖縄で自営業を営む先輩たちから繰り返し聞かされた言葉である。「沖縄で自営業をすると、親の死に目に会えない」。店を続けていく現実を考えたとき、その判断は自然なものだった。

29歳で松阪に戻った長谷川氏は、すぐに独立する道を選ばなかった。修行先に選んだのは、老舗料理店「八千代」である。3年間にわたり、本格的な魚料理を基礎から学んだ。沖縄では扱う機会のなかった様々な魚をこの店で初めてさばいたという。この経験が、後に満天やで地元の魚を扱う礎となる。

32歳で創業した満天やは、とても小さな店舗から始まった。7.5坪、11席という限られた空間は、沖縄で体感した地元密着型居酒屋の延長線上にあった。友人が友人を連れて訪れ、常連が待ち合わせに使い、飲み屋街である愛宕町で飲んだ後に立ち寄って語らう。人の流れと会話が自然に生まれる空気が、店の輪郭を形づくっていった。

コロナ禍での決断ー逆境を好機に変える

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そんな中、世界中に未曾有の災害が訪れる。2020年、新型コロナウイルスの感染拡大は飲食業界に大きな打撃を与えた。ソーシャルディスタンスの確保が求められ、7.5坪の店で2メートル間隔を保つと、わずか3人しか座れない計算になった。多くの飲食店が苦境に立たされる中、長谷川さんは大胆な決断を下すこととなる。

政府からの給付金を活用し、より広い現在の店舗への移転を決めたのだ。2020年10月に物件を借り、12月にオープン。まさにコロナ禍の真っ只中での勝負だった。


移転は予想以上の効果をもたらした。道路に面した立地により、新規客が大幅に増加したのだ。以前の店舗は知る人ぞ知る隠れ家的な場所だったが、新店舗は通りがかりの人の目に留まりやすい。表通りに出たことの効果は、想像以上に大きかった。

料理へのこだわりー沖縄と三重の融合

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左上から、軟骨とろとろソーキ焼き:780円、日替わり定食(豚生姜焼き定食):950円〜、まんてんそば:850円
満天やのメニューは、沖縄料理と地元の魚料理を軸に構成されている。長谷川さんが掲げるコンセプトは「沖縄と魚と豚肉の美味しい店」。軟骨とろとろソーキ煮や各種チャンプルーに加え、その日に入る新鮮な魚料理が並ぶ。松阪の人たちは、実は刺身好きが多い。沖縄の味を前面に出しつつ、松阪という土地に根ざした内容であることが、店の方向性を明確にしている。

魚は地元の市場や魚屋から仕入れ、その日の入荷状況に応じて日替わりで提供している。時期によっては浦村の牡蠣や答志島のワカメなど、三重県の海の幸が並ぶ。沖縄料理店でありながら、地元食材を大切にする姿勢こそが、満天やの独自性を形づくっている。

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ゴーヤチャンプルー:780円 最適な下ごしらえでちょうどいい苦味を残したゴーヤチャンプルー。お酒の供としても、ご飯のおかずとしても最適な一皿だ。
ゴーヤチャンプルーは、満天やを象徴する一品である。年間を通して最も多く仕込む料理であり、苦みを抑えながらもゴーヤ本来の風味を残すことに注力している。当初は夏季限定だったゴーヤチャンプルーは、客の要望を受けて通年提供へと切り替えた。冬場は価格が倍近くになるが、八百屋に粘り強く交渉し、安定した仕入れを実現している。

季節ごとの食材の変化も、メニュー構成に影響を与える。3月中旬からは島らっきょうが旬を迎え、常連客が待ちわびる一品となる。海ぶどうは冷えに弱いため、暖かい季節限定だ。

地域の絆をつなぐ

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満点屋は単なる飲食店ではなく、地域コミュニティの一部として機能している。コロナ禍の成人式の時期には、店の前で餅つきイベントを開催していた。隣接する会社や地域の人々と協力して実施し、突き立ての餅を楽しんだという。

客層は常連客が7割、新規客が3割程度。常連客の多くは、沖縄の居酒屋ほど長時間は滞在しないものの、それでも松阪の他の居酒屋より長く過ごす傾向がある。9時頃になると愛宕町へ繰り出す客も多い。道路を渡るだけという立地の良さも、この流れを生み出している。

店名の「満天や」は、実は同級生がつけたものだ。長谷川さん自身は沖縄での修行先の店名「はりゆん」から「マルハ」という名前を考えていたが、「インパクトがないかも」というのも感じていた。そんな中、同級生と酒を飲みながら店名を考えていたとき、提案したこの名前を採用した。店の内装も同級生たちがペンキを塗り、椅子を組み立て、手伝ってくれたそうだ。満天やは、多くの人の思いが詰まった店なのだ。

笑顔と元気を売る店

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だしまきたまご:550円。あっさりで出汁たっぷり。居酒屋定番メニューのクオリティも◎
長谷川氏が大切にしているのは、「笑顔と元気と心を売る」という思いだ。料理が美味しい居酒屋は世の中に数多くある。酒の味も、よほど特殊な品揃えでない限り、大きな差はない。だからこそ、彼が提供したいのは料理や酒だけではなく、お客さんが元気になれる空間と時間なのだ。

この思いは、沖縄での経験と福祉業界での経験の両方から生まれている。老人ホームで人と向き合い、沖縄の居酒屋で人々が笑顔で過ごす姿を見てきた長谷川氏にとって、飲食店は人々が日常の疲れを癒し、明日への活力を得る場所なのだ。

ワクワクを追い続ける

長谷川さんには、様々な夢がある。立ち飲み屋をやってみたい、以前の小さな店のような空間でまた和気あいあいとした店を開きたい。やりたいことのリストは尽きない。しかし、最も大切にしているのは「息長く商売を続けること」だ。

飲食業は決して楽な仕事ではない。それでも続けられるのは、ワクワクする気持ちがあるからだ。新しいメニューを考える楽しさ、客の笑顔を見る喜び、地域とのつながりを感じる充実感。これらが、彼を前に進ませる原動力となっている。

地元で咲く沖縄の花

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「松阪育ちの人間が沖縄料理を作って、泡盛を売っています」。長谷川さんがよく使うこの言葉には、彼の歩んできた道のりが凝縮されている。地元を離れ、遠く沖縄で修行し、再び地元に戻って店を開く。一見遠回りに見えるこの道のりが、満天やという唯一無二の店を生み出した。

沖縄の居酒屋文化と三重の食材、地元への愛着と新しい挑戦への意欲、伝統的な料理と創意工夫。これらの要素が融合したこの店は、単なる沖縄料理店ではなく、長谷川さんの人生そのものを体現した空間だ。

カウンターに座り、ゴーヤチャンプルーをつまみながら泡盛を傾ける。隣の客と言葉を交わし、笑顔になる。そんな何気ない時間の中に真価がある。松阪の街角で、沖縄の風を感じながら、人々は明日への活力を得る。満天やは今日も、笑顔と元気を提供し続けている。

満天や
〒515-0085
三重県松阪市湊町189−1 壱ビル 1階
日曜日
定休日
月曜日
11:30〜14:00
18:00〜23:00
火曜日
11:30〜14:00
18:00〜23:00
水曜日
定休日
木曜日
11:30〜14:00
18:00〜23:00
金曜日
11:30〜14:00
18:00〜23:00
土曜日
11:00〜14:00
18:00〜23:00
日曜日
定休日
開閉
0598-67-7838
席数
25席(カウンター×7、テーブル:6名掛け×1、4名掛け×2)
L.O.
ランチ:13:30、ディナー:22:30
定休日
水・日
最寄駅
松阪駅より徒歩7分
支払方法
クレジットカード・PayPay
平均予算
ランチ:1,000〜1,500円、ディナー:4,000〜5,000円
駐車場
2台:店裏月極駐車場1.2番※詳しくはお問い合わせください
ランチ
ディナー

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