ライター : dressing

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神楽坂の小道を過ぎ、石畳を進んで階段を上がると…

東京の鮨人気は“鮨バブル”とも言われるほどの盛り上がりを見せている。中でもマンションの一室にあるようなお店や看板なしの「隠れ家・鮨店」は、ツウっぽさと静謐な空間を求める大人の鮨好きから支持率が高い。
こちらの『すし ふくづか』も、そんな隠れ家系の雰囲気がいっぱい。ロケーションは神楽坂のメイン通りから少し入った小道を進み、石畳の敷き詰められた階段を上がった2階。表に看板などはなく、足元にポツンと小さな灯りが灯るだけ。
中に入ると驚くほど暗い。まるで蠟燭の照度のような空間がシンと広がる。 この明るさの理由は、「茶懐石の夜咄」(※炉の季節、冬至に近い頃から立春までの間に夕暮れ時から行われる茶事のこと)をイメージしているそうで、どこか秘密めいて、そして心落ち着く、シックな大人の街・神楽坂の雰囲気によく合っている。
そして鮨は各席、スポットの当たるこのような台(写真上)に置かれる。まるで「鮨」という演目が今から始まるようではないか。

神楽坂というエッセンスを落とし込んだこだわりの鮨

ファサードから店内と、こだわりを感じる『すし ふくづか』を仕切るのは、店主の福塚寛希さん(写真下)。
いくつかの鮨店などで修業しながら、自身の鮨スタイルを探すために全国各地の鮨を食べ歩き、気になる漁港があれば現地まで赴き、実際に漁船に乗って魚の扱い方を見せてもらうなど、かなりの研究肌の大将だ。
『ふくづか』の鮨は来客の予約時間から逆算し、玄米の状態から店内で精米した米でシャリを炊くことから始まる。 その理由は「うちの握りはシャリ3種を使い分けており、50℃で赤酢のシャリ、35℃で白酢のシャリ、40℃で赤白酢ブレンドのシャリを準備しています。これは当日のネタに合わせてシャリを使い分けたいという思いと、舌というデリケートな部分に、温度というグラデーションを与えることで味わいの流れを作ろうと思い、始めました」と、福塚さん。

シャリだけじゃない! ガリやワサビ、冷蔵庫も数種類使い分け

シャリの合わせ酢の使い分けは聞いたことがあるが、温度まで違うとは……と思っていると、なんとガリやワサビも数種類あるというから驚きだ。
ガリ(写真上)は甘辛いものと砂糖なしの甘みがないもの、それと旬の果物を使ったものを3種。今回はリンゴを使ったものが出ていた。こちらは口直しなどに、好きな味わいのものをつまんでほしいからだそう。
ワサビは季節によって変わるが、今回はスッキリした味わいで光り物に合わせやすい安曇野産(写真上・左)、うまみが強くマグロなど強いネタにも負けない天城産(同・右)、辛みが強めの奥多摩産(同・中央)のものを準備。 さらに冷蔵庫も温度別に3つあり、魚を料理するまでの温度管理にもかなり注意を払っている。 「その日の魚の身質を見て、酢や塩など処理の仕方を考えると同時に温度も考える。自分の理想の鮨に近付けるための調整です」(福塚さん)。 こうした細部にまでこだわるつまみや鮨がおまかせで約30種類ほど出るという。では、さっそく『すし ふくづか』の鮨を見せていただこう。

握りのメインはやはりマグロ! 『やま幸』で仕入れた極上のネタを磨き込む

握りは、『すし ふくづか』のスペシャリテでもある、マグロ専門仲卸の名門『やま幸』で仕入れたという青森県三厩(みんまや)産、一本釣り225㎏のマグロ(写真上)から。
マグロは様子を見ながら熟成させ、その過程で半分くらいまで磨くそうだ。
腹部の一番先端である「じゃばら」(写真下)はその日の身質や脂に合わせて、やや温かめの60℃のシャリを使って。
じゃばらの名前の通り、マグロのうまみの層を感じる歯ごたえと甘みを感じるほどの良質の脂がとろけるようにおいしい。
コク深い味わいの「しもふり」(写真上)も脂の融点に合うよう、同じく60℃のシャリで握る。大トロよりもガツンとくる脂のうまさに、コクと抜けるような魚の爽やかな香りが口中いっぱいに広がる。
そして腹側の中トロ(写真上)はやや低めの55℃のシャリで握る。トロのこってり感と赤身っぽい酸がいいとこどりの「中トロ」は誰もが黙ってしまうほどのおいしさだ。
ちなみに煮切りも使い分けており、マグロのしっかりしたうまみにのるよう、やや濃い目のものを使っている。

闇の中に一筋の“動”、まるで舞台の一幕のような握りスタイル

福塚さんの鮨の握り方は独特で美しく、暗闇に溶け込むとまるで舞台の一幕のよう。
目線は下に置き、手のひらに全感覚を集中させて握るそうだ。「職人の中でも握っている鮨をじっと見る人、見ない人がいますが、私は握る前に空気をふわっと入れ込み、あとはちょうどいい塩梅のところまで手のひらの感覚だけで仕上げるスタイルです」(福塚さん)。

握りだけじゃない! つまみにも温度の仕掛けが 

握りの温度管理は先ほど紹介したが、ソムリエ兼料理担当の藤森大輝さんが作ったつまみにも温度のマジックがふんだんに使われている。
こちらの「三陸産生イクラの醤油漬け」(写真上)はなんと3種類の温度で仕込み、それによって食感やなめらかさに変化をつけている。 イクラの色が違うのは仕込みの温度が違うことによるそうで、この一皿に常温の20℃で仕込んだものと、やや高い70℃、火の入るぎりぎり手前の80℃のものが入っている。
贅沢な3種の生イクラと下にしのばせた白エビを合わせていただくと、甘みとコクの相乗効果でうまみが倍増しに。噛むと食感にも変化があり、温度差をつけた仕込みの意味がより伝わってくる。
「間人蟹の茶碗蒸し」(写真上)は85℃で提供される。出されてすぐいただけるちょうどいい温かさで、ホッとする優しい口当たり。 厳しい出荷基準を超えたものだけが名乗れるブランド蟹「間人蟹」がたっぷりと添えられ、上にかかった銀餡が上品なおしいさだ。
そして「北海道根室羅臼産のめぬけのしゃぶしゃぶ」(写真上)は調理中の温度に工夫が。 「よりうまくなる仕上がりを求め、温度を探っている」という福塚さんの言葉が示すように、めぬけの脂・うまみ・身質のしなやかさを一番よく引き出せる80℃でしゃぶしゃぶし、その上には自家製の無花果酢を使ったポン酢のジュレと大分の赤柚子胡椒を添え、味にアクセントをつけている。
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