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中学卒業から始まった、料理人としての長い旅路
18歳で飛び込んだのは、京都の料亭という最も厳しい和食の世界だった。京都日本の和食文化の中でも特に格式が高く、その厳しさゆえに若い料理人が1年も経たずに離職するケースが後を絶たない世界でもある。そんな環境の中で澤田氏は4年間を過ごし、和食の基礎と精神を徹底的に叩き込まれた。
その後、名古屋に戻りホテルの飲食部門に4年間勤務した。ここでは朝食ビュッフェから昼のお膳料理、夜の居酒屋メニューまで、幅広い業態を経験することになる。ここでの経験は、段取りと効率の重要性を体で覚える貴重な機会となった。さらに立食パーティーのフィンガーフード、団体客向けの一斉提供メニューなど、料亭では学べなかった「量と速度」の料理を習得していった。
名古屋での修行を終えた澤田氏は、VISONのすき焼き専門店で3〜4年間勤務する。それまでの和食修行とは一線を画するものだったが、食材の扱い方や鍋料理の奥深さを学ぶ場となった。
天ぷら専門店という選択と、松阪への愛着
松阪という街を選んだのは、VISONで働いている際に松阪に住んでおり、生活の中でこの街を好きになったからだ。ただ、この街で暮らしこの街の空気に馴染んでいく中で、ここで店を開きたいという気持ちが自然と育っていった。駐車場が広く、車通りも程よくある立地は、地方都市での飲食店経営において重要な条件を満たしていた。
天ぷら専門店という業態を選んだ理由もまた、澄んだ視点から生まれている。松阪には天ぷらを主役に据えた専門店はほとんどなく、天ぷらそのものを目当てに訪れる店が存在しなかった。その空白を埋めることが、自分の強みを最大限に活かせる場所だと澤田さんは判断したのだ。
店名「天ぷら TAKA」は、自身の名前「貴之」の「たか」から取ったシンプルなネーミング。覚えやすく、親しみやすく、そして料理人の顔が見えるという点でこの名前に行き着いた。独立開業のタイミングについても、何歳までにという明確な目標があったわけではなく、修行の場を離れるタイミングが来た時に自然と踏み出したという。その飾らない姿勢が、店の雰囲気にもそのまま反映されている。
手軽に見えて繊細。ランチの天丼
専門店ならではの火入れと揚げの技術が、大海老の旨みを余すことなく引き出している。ランチでこの内容が2,000円というのも魅力で、天ぷらを主役に据えた贅沢な天丼を気軽に楽しめる。
まかないから生まれた一皿—真鯛のメンチカツという発明
その誕生秘話は、名古屋のホテル時代までさかのぼる。毎日同じ食材のまかないに飽きた際に試行錯誤した末に辿り着いた一品だ。一度食べた客はほぼ必ずリピートするというこのメンチカツは、天ぷら屋という看板からは想像しにくい意外性と、素材の旨みを最大限に引き出した完成度の高さで、静かな人気を誇っている。
卓上には梅・わさび・抹茶の三種類の塩が置かれており、醤油やソース、マヨネーズなど好みに合わせた食べ方ができる。素材そのものの味を大切にしながら、食べる人が自由楽しめるというスタイルだ。
三重の地酒を自分で注ぐ。ユニークなセルフ飲み放題
このスタイルの面白さは、客が自分のペースで、自分の好みに合わせてお酒を楽しめる点にある。なみなみと注いでたっぷり飲みたい人もいれば、少量ずつ全種類を飲み比べてコンプリートを目指す人もいる。どちらのスタイルも歓迎されており、客それぞれの楽しみ方が尊重されている。日本酒の飲み比べを楽しみたいという層にとっては、非常に魅力的な提案だ。
澤田さん自身がお酒を好むことも、この店のコンセプトに大きく影響している。自分が飲みたいと思えるお酒を揃え、自分が楽しいと思える空間を作る—そうした純粋な動機が、店の個性として自然に滲み出ている。
天ぷらとお酒という組み合わせは、実は非常に相性が良い。揚げたての天ぷらのサクサクとした食感と、日本酒のすっきりとした味わいは互いを引き立て合う。特に地元三重の地酒は、地域の食材や料理との親和性も高く、天ぷらとの相性も申し分ない。
年末の修羅場が教えてくれた、料理人の覚悟
しかも年末は忘年会シーズンと完全に重なるため、通常の営業をこなしながら並行しておせちの準備を進めなければならない。大晦日の夜中から元旦にかけておせちの最終仕上げと詰め込み作業が行われ、元旦の営業が終わってようやく一息つける。連休が取れるのは新年会が落ち着く1月後半になってからというのが、料亭の年末年始の現実だ。
この経験は単なる苦労話ではなく、料理人としての精神的な強さと、大量調理における段取り力を身につける場となった。何百人分もの料理を時間通りに、かつ品質を落とさずに提供するという経験は、後に独立して自分の店を持った時の基盤となっている。松阪の小さな天ぷら専門店で日々丁寧に揚げ続ける澤田氏の姿の背後には、こうした修羅場をくぐり抜けてきた料理人としての確かな地力がある。
気軽に立ち寄れる店を目指して
一人でも、友人と連れ立っても、仕事帰りにふらりと立ち寄っても、どんなシーンにも馴染む懐の深さがある。小さな店だからこそ生まれる、店主と客の近い距離感。それがこの店の最大の魅力であり、何度でも訪れたくなる理由だ。
オープンからまだ1年余り。32歳の若き料理人が松阪に根を張り、丁寧に揚げ続ける天ぷらは、この街の食文化に確かな彩りを加えつつある。修行時代の厳しさと、まかないから生まれた創造性と、地域への愛着が一枚の天ぷらに込められている。天ぷらとお酒、そして人との温かなつながりを求めて、ぜひ一度足を運んでみてほしい。