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三重県の山間部、櫛田川の清流が流れる茅原の地に一軒の不思議な料理店がある。周囲を緑に囲まれた静かな場所でありながら、そこで提供されるのは志摩半島の新鮮な海の幸。店名は「よもぎ庵」。都会では味わえない自然の中で、新鮮な海鮮料理を楽しめることが多くの人を惹きつけている。運が良ければ、川にカモが泳ぐ姿や、対岸に現れる猿の姿を見ることもできる。この一風変わった立地で営業する店の背景には、家族の挑戦と、地域への深い愛情が息づいている。
よもぎ庵のオーナーである長岡里枝さん(56)と里枝さんの弟の奥さんである長岡梓さん(38)が語る歴史は、店のみならず、長岡家のこれまでに通ずるものであった。
よもぎ庵のオーナーである長岡里枝さん(56)と里枝さんの弟の奥さんである長岡梓さん(38)が語る歴史は、店のみならず、長岡家のこれまでに通ずるものであった。
廃墟から生まれた夢の空間
よもぎ庵の物語は、2008年頃に遡る。当時、服飾店を営んでいた長岡里枝さんの両親が、終の棲家を探していた中で出会ったのが現在の店舗がある物件だった。かつて鮎料理店として営業していたその建物は、長年放置されていたために床が抜け落ち、背丈ほどもある草に覆われてたどり着くことさえ困難な状態だった。
「本当にこんな場所を買って大丈夫なのか」と不安を抱いたが、櫛田川のせせらぎと豊かな自然に囲まれたロケーションに魅了された家族は、即座に購入を決断する。母は「できなければ畑にすればいい」と楽観的だったという。そこから始まったのは、10年にも及ぶ壮大なDIYリフォームプロジェクトだった。大工に依頼したのは高所作業など最小限の部分のみ。床の張り替え、壁の塗装、小上がりの製作まで、ほぼすべてを家族総出の手作業で行った。
週末になると、里枝さん、弟と梓さん夫婦、そして両親が集まり、少しずつ建物を蘇らせていった。プロの目から見れば不揃いな部分もあるかもしれないが、そこには家族の温もりと、この場所への深い思い入れが込められている。
「本当にこんな場所を買って大丈夫なのか」と不安を抱いたが、櫛田川のせせらぎと豊かな自然に囲まれたロケーションに魅了された家族は、即座に購入を決断する。母は「できなければ畑にすればいい」と楽観的だったという。そこから始まったのは、10年にも及ぶ壮大なDIYリフォームプロジェクトだった。大工に依頼したのは高所作業など最小限の部分のみ。床の張り替え、壁の塗装、小上がりの製作まで、ほぼすべてを家族総出の手作業で行った。
週末になると、里枝さん、弟と梓さん夫婦、そして両親が集まり、少しずつ建物を蘇らせていった。プロの目から見れば不揃いな部分もあるかもしれないが、そこには家族の温もりと、この場所への深い思い入れが込められている。
広大な土地と新たな可能性
2018年、DIYがあらかた終了したころ、「せっかくなのでなにか始めようか」と、母が主体となりよもぎ庵がスタートすることとなる。広告やチラシなどは一切実施せず、スタッフは移住後に母が仲良くなった近隣の友人たち、それはまるで「趣味の店」という様相で始まったという。
国道から住宅街への少し奥まった立地ということもあり、当初はお客がゼロのこともあったらしい。しかし、口コミやSNSのおかげもあり、今では市内外から多くのお客が訪れるお店に成長することとなった。母は高齢となったのもあり退き、現在は梓さんがメインでお店を運営している。
興味深いのは、松阪という内陸部でも魚料理への需要が高いという発見だった。「山の中にある海鮮料理メインの定食屋」という一見難しそうに見える挑戦は、実のところ地域のニーズをしっかり押さえた、独自性のある店として認知を広めたという。
国道から住宅街への少し奥まった立地ということもあり、当初はお客がゼロのこともあったらしい。しかし、口コミやSNSのおかげもあり、今では市内外から多くのお客が訪れるお店に成長することとなった。母は高齢となったのもあり退き、現在は梓さんがメインでお店を運営している。
興味深いのは、松阪という内陸部でも魚料理への需要が高いという発見だった。「山の中にある海鮮料理メインの定食屋」という一見難しそうに見える挑戦は、実のところ地域のニーズをしっかり押さえた、独自性のある店として認知を広めたという。
てこね寿司に込められた伝統
よもぎ庵の看板メニューはてこね寿司。志摩地方の郷土料理であり、漁師たちが船の上で手軽に食べられるように考案されたとされる。カツオロの赤身を醤油ベースのタレに漬け込み、酢飯の上に載せたシンプルながら味わい深い料理だ。
この料理には、さらに深い家族の物語が刻まれている。里枝さんの伯父は、中学生の頃から50年以上もカツオ船の漁師として働いてきた。伯父から教わった本場の作り方を、母が受け継ぎ、それがよもぎ庵のレシピとなった。志摩地方では祝い事や寄り合いがあると必ず手こね寿司を作る習慣があり、地域の人々にとっては日常的な郷土料理である。
この料理には、さらに深い家族の物語が刻まれている。里枝さんの伯父は、中学生の頃から50年以上もカツオ船の漁師として働いてきた。伯父から教わった本場の作り方を、母が受け継ぎ、それがよもぎ庵のレシピとなった。志摩地方では祝い事や寄り合いがあると必ず手こね寿司を作る習慣があり、地域の人々にとっては日常的な郷土料理である。
志摩の海から山里へ─魚が繋ぐ物語
入荷時限定の志摩産鮮魚の煮付け定食も人気の一品だ。山間部の料理店で新鮮な海鮮料理を提供できる秘密は、梓さんの父親にある。趣味で長年釣りを続けてきた彼は、現在も志摩半島の最南端、英虞(あご)湾周辺で釣りに興じている。和具(わぐ)、布施田(ふせだ)といった志摩町の奥深い海域で釣り上げた魚を店へ届ける、完全な産地直送システムだ。
ただし、これは天候と釣果に左右されるため、一週間魚が入荷しないこともあるというが、この不確実性こそがよもぎ庵の個性となっている。常連客の中には、来店前に電話で「今日は何が入っていますか」と確認する人も少なくない。
大きな真鯛が釣れた日には煮付けを、複数種の入荷があった日には刺身の盛り合わせを、といった具合にその日限りの特別メニューが生まれる。まるで海鮮居酒屋のような注文スタイルが、ランチ営業の店で実現しているのだ。
ただし、これは天候と釣果に左右されるため、一週間魚が入荷しないこともあるというが、この不確実性こそがよもぎ庵の個性となっている。常連客の中には、来店前に電話で「今日は何が入っていますか」と確認する人も少なくない。
大きな真鯛が釣れた日には煮付けを、複数種の入荷があった日には刺身の盛り合わせを、といった具合にその日限りの特別メニューが生まれる。まるで海鮮居酒屋のような注文スタイルが、ランチ営業の店で実現しているのだ。
業態が変わっても紡がれる家族経営の系譜
長岡家の事業の歴史は、里枝さんの両親が志摩町和具で靴店を始めたことに端を発する。約50年前、里枝さんがまだ小学生の頃。その後法人化、里枝さんが30歳ごろに経営を引き継ぐと、靴に加えて洋服も扱うセレクトショップ(インデアンコーン)へと発展させた。現在も伊勢市のショッピングセンター内で営業を続けている。
一方、弟の梓さんの夫は調理人の道を選んだ。ホテルで修行を積んだ後、家族経営の飲食事業に参画。当初は伊勢市内で100坪もの広さを持つバイキング形式のレストランを運営していた。服飾店と飲食店が同じフロアで営業するという、ユニークな業態だった。
しかし、経営の効率化を図るため、バイキング形式から惣菜店へと業態を転換。現在はイオン阿児店内でお弁当屋を営業している。そして2017年頃、両親が丹精込めて整備した「よもぎ庵」がオープンした。飲食事業としては三店舗目となる挑戦だった。
梓さんは20歳で結婚して以来、夫の飲食店で働き続けてきた。バイキング、居酒屋、惣菜店と業態は変わっても、常に厨房やホールで腕を振るってきた。現在は母親の療養に伴い、よもぎ庵の主力スタッフとして、地元のパートスタッフとともに店を切り盛りしている。
一方、弟の梓さんの夫は調理人の道を選んだ。ホテルで修行を積んだ後、家族経営の飲食事業に参画。当初は伊勢市内で100坪もの広さを持つバイキング形式のレストランを運営していた。服飾店と飲食店が同じフロアで営業するという、ユニークな業態だった。
しかし、経営の効率化を図るため、バイキング形式から惣菜店へと業態を転換。現在はイオン阿児店内でお弁当屋を営業している。そして2017年頃、両親が丹精込めて整備した「よもぎ庵」がオープンした。飲食事業としては三店舗目となる挑戦だった。
梓さんは20歳で結婚して以来、夫の飲食店で働き続けてきた。バイキング、居酒屋、惣菜店と業態は変わっても、常に厨房やホールで腕を振るってきた。現在は母親の療養に伴い、よもぎ庵の主力スタッフとして、地元のパートスタッフとともに店を切り盛りしている。
自然と共生する食の哲学
よもぎ庵が大切にしているのは、添加物を使わず、家庭的で優しい味付けを心がけること。それは店の周囲に広がる自然環境とも呼応している。
敷地内には畑があり、可能な限り自家栽培の野菜を使用している。すべてを自給自足することは難しいが、できる範囲で安全な食材を提供したいという思いが、日々の営業を支えている。
かつて母が店を営んでいた頃は、客が来ると「畑から好きなサラダ野菜を採ってきて」と声をかけ、客自身が野菜を収穫して洗い、それを料理に使うという体験型のサービスも提供していた。子どもたちは特に喜び、ど食材を収穫する楽しさを味わっていたという。
店名の「よもぎ庵」も、この土地との繋がりから生まれた。物件を購入した当時、敷地一面によもぎが生い茂っていた。その印象が強く残った母親が命名したという。この名前には土地への愛着と、自然と共生する店の姿勢が表れている。
何もない場所にあるすべて
「何もない田舎ですが」と謙遜する家族だが、よもぎ庵には確かに都会では失われつつある豊かさがある。清らかな空気、川のせせらぎ、野鳥のさえずり、季節ごとに変わる自然の表情。そして、家族が丹精込めて作り上げた空間と、志摩の海から届く新鮮な魚。
よもぎ庵は、家族の絆、地域への愛着、自然との共生、伝統の継承…これらすべてが融合した、唯一無二の場所といえよう。山間部で海鮮料理を食べるという一見矛盾した体験の中に、現代社会が忘れかけている大切なものが息づいている。
櫛田川のほとりで、今日も客を迎える。その日に釣れた魚で、心を込めた料理を作る。何もない場所にあるすべてを、訪れる人々と分かち合いながら。
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※記事の内容は、公開時点の情報です。記事公開後、メニュー内容や価格、店舗情報に変更がある場合があります。来店の際は、事前に店舗にご確認いただくようお願いします。
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