ライター : macaroni松阪特派員 たけ

松阪市 地方活性化企業人

三重県松阪市の静かな住宅街に、まるで切り取られたかのようにゆったりとした空気が流れる空間がある。緑に囲まれた古民家を改装したカフェ「ブルーグラス」は、地域の文化拠点としても静かに存在感を放っている。オーナーのケンさん(33歳)と母のフーミンさんが営むこの店は、農薬不使用の野菜を使った創作料理、音楽イベント、そして人々の交流の場として、訪れる人々に特別な体験を提供している。

音楽家が辿り着いた、食と農業の世界

Photo by macaroni

ケンさんの人生は、音楽とともにあった。4歳からピアノとギターに親しみ、20代の大半を大阪で音楽活動に捧げた。音楽だけで生きていくことは難しく、生活のために飲食店でアルバイトを始める。フランス料理、イタリアン、和食、ラーメン店と、ジャンルを問わず様々な店で働いた経験は、後に大きな財産となった。

27歳でオーストラリアへ渡ったケンさんは、当初2年の予定だったワーキングホリデーを、コロナ禍による特例ビザにより4年間に延長することになる。この海外生活が、彼の人生観を大きく変えた。日本を外から見ることで、食の安全性や添加物の問題が客観的に見えてきたのだ。

オーストラリアでの経験は決して楽なものではなかった。しかし、ファームでのピッキング作業が後の農業への道を開くことになる。野菜の選定方法、栽培の基礎知識、そして何より取れたての野菜で料理を作る喜びを知った。並行して、オーストラリアでの無農薬栽培の方法、自然栽培、食品添加物が人体に与える影響などを徹底的に研究したという。永住も考えたが、ビザの関係で帰国することとなる。

芸術一家が育んだ、創造性の土壌

Photo by macaroni

フーミンさんの実家は、まさに芸術一家だった。兄弟には著名な絵本作家もおり、幼い頃から音楽、絵画、手芸と、様々な芸術表現が当たり前のように存在する環境で育ったという。そんな彼女にとって複数の創作活動を並行することは自然なことだったのだろう。

西宮出身のフーミンさんは、大阪で青春時代を過ごした。結婚後は夫の転勤に付き添って、名古屋、福井、舞鶴、そして松阪と各地を転々としながら3人の子供を育てた。どの土地でもピアノ教室を開き、生後1ヶ月のケンさんをグランドピアノの下に寝かせ、足で揺らしながらレッスンを続けたという。

ケンさんが幼稚園の頃から、フーミンさんは手作り雑貨の店「ブルーグラス」を月に一度自宅で開いていた。アメリカンカントリー風のブルーの家と、学生時代に愛したブルーグラス音楽から名付けられた店名は、やがて12人の作家が集まる規模にまで成長。この経験が後のカフェ経営の基礎となっていく。

両親の遺した土地から生まれた、新しい物語

Photo by macaroni

転機は、フーミンさんの両親が亡くなり、松阪の実家が空き家になったことだった。園芸を愛した父が丹精込めて作り上げた日本庭園は、手入れする人を失い荒れ果てようとしていた。売却も考えたが、両親が愛していたこの土地を何か新しい形で活かせないかと考えた。

そこでフーミンさんは、一人で完璧な日本庭園をイングリッシュガーデンへと変えていった。レンガを敷きS字型の小道を作り、2〜3年かけて庭を作り変えていった。その中で自然を中心とした交流の場、人々が集まるコミュニケーションの場を作りたいという思いが湧き上がり、カフェ開業へとつながった。

2022年10月、フーミンさんは一人でカフェをスタート。週3日ほど店を開けたが、一人での運営は限界があった。西洋家庭料理をベースにしたワンプレートランチは好評だったが、古民家の管理と料理の準備、接客をすべて一人でこなすのは困難だった。そんな中、2024年3月、オーストラリアから帰国したケンさんが店を手伝うことになる。

土づくりから始まる、本物の味への挑戦

ケンさんが最初に取り組んだのは、本格的な農業だった。帰国から半年以上をかけて、放棄地の開墾作業を進めた。母が小規模に行っていた家庭菜園を、本格的な自家農園へと拡大する作業は、想像以上に大変だった。特に、無料で借りた土地は石だらけで、掘っても掘っても石が出てくる状態だった。

しかしケンさんの目指す「農薬を一切使わない野菜作り・循環型農業の実現」に向けて地道な改善を進めていった。店から出る生ゴミはすべて自家製の肥料となり、その肥料で育てた野菜を料理に使う。この完全な循環システムを作り上げることで、本当の意味での持続可能な農業を進めている。他にも、柿の木16本を任された柿農園では高級ブランド柿を年間500〜600個収穫し、レストランへの出荷も行っている。

料理へのこだわりは、野菜だけにとどまらない。使用する調味料のすべてを厳選し、食塩ではなく天日塩、添加物を極力避けた国産醤油や調味料のみを使用している。

月替わりの創作小鉢御膳

Photo by macaroni

月替り御膳:¥2,200(税込) ※月によってコースに変わることもあります。
ブルーグラスの看板メニューは、月替わりの創作小鉢御膳だ。月によってはコースに変わることもあり、1月は和食、2月はイタリアン、3月はロシア料理のストロガノフと、毎月異なる国の料理をテーマにしている。ケンさんが大阪時代に様々な飲食店で学んだ技術と、オーストラリアで培った国際感覚が、独創的な料理を生み出している。

小鉢の内容は、季節の野菜の収穫状況に応じて日々変化する。定番メニューとして人気なのは、自家製カッテージチーズとピクルス、蒸し鶏を使ったクリーミー白和えだ。イチジクが収穫できる時期には、イチジクの白和えも登場する。ポテトサラダも、一般的なマヨネーズ味ではなく、ジャガイモ本来の味を活かした独自のレシピで提供している。

Photo by macaroni

ドリンクセット:300円〜※月替り御膳注文の方限定 商品によって追加料金がかかるものがあります。 ・ココアチーズケーキ:+200円 ・野草薬草ハーブティー:+150円
夏限定のラタトゥイユは、自家農園で採れたナス、ズッキーニ、パプリカ、トマトをふんだんに使った一品で、リピーターも多い。3月のチキンストロガノフは、昨年も大好評だった料理で、ホワイトデーにちなんで白いソースで仕上げられる。どの料理も、どこででも食べられる家庭料理ではなく、ブルーグラスでしか味わえない独創的な味を目指している。

デザートはフーミンさんの担当で、豆腐を使ったヘルシーなケーキなど、体に優しいスイーツを提供している。生クリームを使わず、豆腐で代用することで、罪悪感なく楽しめるデザートに仕上げている。今後は麹を使った料理や発酵食品にも力を入れていく予定で、塩麹や甘麹を使った新しいメニューの開発を進めている。

音楽が流れる空間で育まれる、人と人とのつながり

Photo by macaroni

ブルーグラスの特徴は、飲食だけにとどまらない。2ヶ月に1回のペースで開催されるイベントは、音楽ライブから戦争体験者の語り部会まで幅広いテーマを扱っている。ケンさんは長年の音楽活動で培ったネットワークを活かし、様々なアーティストを招いてライブを開催。フーミンさんもピアノ講師として活動しており、還暦祝いや誕生日などの特別な日には、リクエストに応じて生演奏を提供することもある。

店内には手作り雑貨も販売されており、フーミンさんが数十年にわたって培ってきた作家ネットワークを活かして、様々な作品が委託販売されている。壁には、フーミンさんの弟である絵本作家のサインや作品が飾られ、訪れた客を驚かせることもある。特に幼稚園の先生など、絵本に詳しい客は、有名作家の身内が経営する店だと知って感激することも多い。

地域を変える、小さな一歩の積み重ね

Photo by macaroni

ケンさんがこの店の運営に加わった最大の理由は、地域活性化だという。高齢化が進み、廃れつつあった地域に、少しずつ新しい店ができ始めている。ブルーグラスの開店前と後では、明らかに人の流れが変わってきたらしい。大きなことはできないかもしれないが、小さなことから始めることで、少しずつ地域を変えていけると信じている。

Instagramの運用もその一環だという。「日本の廃れつつある第一次産業である農業を盛り上げたい」という思いから、土いじりや、野菜作りを自分でするきっかけに、ひいては日本を活気づけられれば…と発信を続けている。

食育にも力を入れており、調味料の選び方や食品表示の見方など、多くの人が知らない情報を伝えている。添加物や農薬の問題について、興味を持つ客には時間をかけて説明し、家庭での食生活改善を促している。年配の客が孫や家族を連れて再訪することも多く、世代を超えて健康的な食事の大切さが伝わっていくことを願っている。

松阪の「癒しの空間」

Photo by macaroni

ブルーグラスを訪れた客が口を揃えて言うのは、親戚の家に招かれたような居心地の良さだという。キッチンからも客席からも緑が広がり、180度の青空が抜けている。常連客の中には、ここをパワースポットと呼ぶ人もいるほどだ。

月に一度、体のリセットのために訪れるという客もいる。農薬不使用の野菜と極力添加物を避けた調味料を使った料理は、体に負担をかけず、本来の健康を取り戻す手助けをしている。食事をした客がデトックス効果を実感する声も多く、食の重要性を感じられる場所となっている。

ブルーグラスは、単なるカフェではない。音楽と食と自然が融合し、人々が集い、語り合い、新しい価値観に触れる場所だ。ケンさんとフーミンさんが目指すのは、地道な活動を通じて、少しずつ日本を良くしていくこと。その思いは、訪れる一人一人の心に、確実に届いている。
古民カフェ ブルーグラス
〒515-0212
三重県松阪市稲木町661−1
火曜日
11:00〜16:00
月曜日
定休日
火曜日
11:00〜16:00
水曜日
11:00〜16:00
木曜日
定休日
金曜日
11:00〜16:00
土曜日
11:00〜16:00
日曜日
11:00〜16:00
開閉
070-8578-6713
席数
12席(テーブル:4名掛け×1、2名掛け×4)※大人数での座敷利用可:予約必須
L.O.
ランチ:13時半、カフェ:15:30
定休日
月・木曜
最寄駅
漕代駅から徒歩10分、松阪駅から車で15分
支払方法
現金、Cpay
平均予算
2,000円〜
駐車場
店前3台、第二駐車場あり:10台※詳しくはお問い合わせください
禁煙
ランチ

外部サイトで詳細を見る

前回の記事はこちら!

これまで紹介したお店たちはこちら!

※記事の内容は、公開時点の情報です。記事公開後、メニュー内容や価格、店舗情報に変更がある場合があります。来店の際は、事前に店舗にご確認いただくようお願いします。

編集部のおすすめ