ライター : macaroni松阪特派員 たけ

松阪市 地方活性化企業人

和の心を一皿に─「和彩 純」店主・岩岡純が語る歩みと転機

Photo by macaroni

松阪市駅から歩いて15分。2本の生活道路をつなぐ抜け道の途中は「和彩 純」はある。こじんまりとしながらも洗練された扉をくぐると、木目調の広い店内にて本格的な和食を楽しむことができる。

お店を営む店主は、15歳で包丁を握って以来、市場で鍛えた目利きと東京での修業を経て独立に至った。市場での水産会社で魚に向き合った経験と居酒屋、天ぷら、寿司など多様な現場で培った技術、人情味あるもてなしが、現在の料理に色濃く反映されている。

今回はそんな店の主、・岩岡純さん(53歳)のこれまでを聞かせていただいた。

15歳で料理の世界へ。松阪・久居で技を磨いた青春時代

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岩岡さんが料理の道へ進んだのは15歳の頃だ。松阪の「こうらく」で和食の基本を学び、その後は久居の居酒屋で経験を積んだ。10代後半から20代前半にかけての約10年間で、和食・居酒屋の現場を行き来しながら、基礎力と実践力を磨き続けてきたという。

水産会社と東京の寿司屋を経て広がった視野

25歳を迎える頃、岩岡さんは飲食の現場を離れ、水産会社へ転身する。約4年間働いたのちに一度退職し、東京の寿司店へ。そこで約1年半、鮮魚の扱いと寿司の技術を深く学ぶ機会を得た。その後、再び松阪へ戻り、以前勤めていた水産会社から声がかかり復職。市場と寿司、両方を渡り歩いた経験は、現在の「和彩 純」の仕入れや目利きにも通じている。
35歳の頃、かつて居酒屋で働いていた仲間と偶然再会したことが転機となる。その人物は寿司店で新規出店を予定しており、岩岡さんに料理長としての参加を依頼した。新店計画は中止になったものの、既存店舗で3年間腕を振るい、店を支えた。その後退職を決意し、再び松阪の「こうらく」へ戻る道を選ぶ。こうした紆余曲折が、職人としての芯を強くした。

「こうらく」での7年間と揺れる進路

39歳で「こうらく」に復帰した岩岡さんは、そこから約7年間、安定した環境で働き続ける。しかし40代後半に差し掛かると、「もう一度、自分の道を模索したい」という思いが強くなる。46歳で退職を決断し、飲食店や水産部の派遣、さまざまな現場を渡り歩きながら、自分の店を持つ可能性を静かに探り始める。

47歳、偶然見つけた現在の店舗で独立へ

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以前の職を離れ、約1年間は派遣や多様な職場で働きながら準備を重ねた。こうらく退職から約1年後、現在の店舗物件が偶然空いたことをきっかけに、47歳で独立を決意する。本気で独立を考えていなかった時期でもあり、「まさか自分が店を持つとは」という思いがあったという。しかし、長年胸にあった「いつか店を」という願い、そして周囲からの後押しも重なり、意地と覚悟を持って「和彩 純」を開業した。
オープン直後にはコロナ禍に見舞われ、夜の客足が激減するなど深刻な打撃を受けたが、昼の営業や常連客の支えを受けて店を守り抜いた。岩岡さんは「なんとか走り切った感覚だった」と振り返る。客足が適度に散らばり、回転も安定。地元松阪で徐々にファンが定着し、この店が地域に受け入れられていく実感が生まれた時期だった。厳しい時期を乗り越える中で、岩岡氏は自分の店への確かな手応えと職人としての覚悟を深めている。

空き店舗との“ご縁”が独立の後押しに

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現在の店舗は、もともと和食店だった物件。岩岡さん自身、かつて客として訪れた経験があり、空き店舗として長く掲載されていたこの場所を見て「ここだ」と直感したという。当面はこの場所で“ファンづくり”に力を注ぐ構えだ。将来的にはカウンター中心の小規模店への移行も見据えているが、タイミングは「自分の体の声を聞きながら」と話す。
店づくりで何より大切にしたのは「幅広い客層が来店できる店」であること。お店の傾向として年配の客が多くなるのは自然だが、デート利用や家族利用も想定し、席数の確保は重要な判断だった。子ども連れも大歓迎。ソフトドリンクのみでも遠慮なく食事を楽しめるスタイルを採用している。

屋号に込めた“季節を届ける”想い

店名の「和彩 純」は、店主自身の名前に由来しつつ、“季節の彩りを感じる料理を楽しんでもらいたい”という思いが込められている。旬の食材を活かした料理と落ち着いた空間は、世代を問わず人気だ。居酒屋色を避けたのも、「酒を飲まないと入りづらい」という印象を持たせたくなかったためだ。料理中心で楽しめる店づくりを意識し、昼は女性客が9割という数字が、その居心地の良さと信頼の深さを物語っている。

定番を持たない料理人。飽き性が生む“常に新しい料理”

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ランチのコースは3種類の価格がある
夜は単品メニュー中心で、その日の仕入れによって内容が変わる“日替わり型”。コース料理も予約制で対応し、食べたいものがある場合はできるかぎり応える柔軟さがある。

看板メニューは「あえて作らない」と言う岩岡さん。理由は「自分が同じ料理を作り続けると飽きてしまう」から。煮物も魚も日によって変わる。メバルがあればメバルを買い、金目鯛があれば金目鯛を使う。天ぷらなど一部の定番はあるが、使う素材は毎日違う。コースでは特に“旬と直感”を大切にし、訪れるたびに違う味に出会える。

三重を越えて。調味料も食材も“出会い”で広がる世界

新作料理の着想は、日々さまざま。三重県にいると地物に偏りがちだが、他県の調味料にも積極的に挑戦している。豚肉は近隣の専門店から仕入れ、紀州岩清水豚や桜ポークを使い分ける。鶏は地元の卸や、松阪名物「鶏焼肉」を提供する店から仕入れるなど、地域と外部のバランスを取りながら料理の幅を広げている。

創造性を刺激する一皿─季節と遊ぶ料理発想

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この日、取材で出された料理の中には「栗ごま豆腐」や「ごま豆腐の天ぷら」、「マスカットの白和え」といった、想像を超える品々が並んでいた。特にマスカットの白和えには、大吟醸の酒粕がほんのり使われており、口に含むとふわりとした香りが広がる。ひと口ごとに新しい気づきがある構成は、まさに“訪れる楽しみ”につながっている。

新しい調味料や素材に出会うたびに、それを生かした一皿を生み出してきた。客の驚きや発見を大切にし、それが料理人としての創作意欲にもつながっている。

“今ここでしか食べられない料理”を目指して

岩岡さんの料理は「その日、その瞬間の旬」に寄り添う。旬の食材と出会い自身の景観から織りなす料理は、まさに“今ここでしか食べられない味”だ。秋から冬にかけて出される「柿の天ぷら」や、海老芋や百合根のまんじゅうなど、和食の創作料理から基本まで"一期一会"の出会いを楽しむことができる。

お客の声から生まれた人気料理─グラタンと寿司

お客のリクエストがきっかけで生まれたメニューも多い。中でも人気なのが「グラタン」だ。コース料理で出したことをきっかけに「単品でも食べたい」との声が続出し、現在では常連客からの注文も多い。また、寿司もコースの一部として提供しており、最後の締めに軽くつまめる「天巻」や「にぎり」が好評だ。

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「この辺では珍しいですよね」と私が驚いたのは、赤酢を使った寿司だった。業者から提案を受け、試しに使ってみたところ、その柔らかい酸味と深みのある味わいに惚れ込んだという。「こだわりが過ぎると視野が狭くなる」との思いから、良い素材や知らない調味料には積極的に挑戦するようにしているらしい。自ら探し求める姿勢と、外からのアイデアを柔軟に受け入れる姿勢の両方を持ち合わせている。

子どもから大人まで楽しめる──宴会対応の柔軟さ

お子様向けメニューは常設していないが、宴会時にはリクエストに応じて用意している。「お子様セット」にも対応し、内容はハンバーグ・エビフライ・オムライスなどが基本だが、、リクエストに応じてその場に合わせた“和食屋の手作り洋食”で提供するスタイルだ。

自身も幼少期から幅広い料理に興味を持っていた経験から、「食べたい気持ちを大事にしたい」という考えが根底にある。しめ鯖が好きだったというエピソードは、料理への好奇心が幼い頃から続いてきた証でもある。

“中途半端な弁当は出したくない”という信念

Photo by 岩岡純

テイクアウトは手巻き寿司程度に限られている。以前は弁当の注文も多かったが、現在は断っているという。「今のご時世、2千円の弁当でも大したものが入れられへん。内容を充実させるとどうしても原価が合わない」と語る岩岡さん。価格に対して満足度が上がらないものを出すくらいなら、思い切って提供しない判断をしている。料理の質を落としたくないという姿勢が、“持ち帰り最小限”という選択につながっている。

一方で、力を入れているのは年に”一度のおせち”。素材を吟味し、持てる技術を結集させて腕によりを掛けた特別なお重を予約限定で提供している。

養殖を肯定する理由─経験から導かれた味の真実

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岩岡さんは「天然より養殖のほうが美味しい場合も多い」と語る。旬を外れた天然物は味が落ちることがあり、痩せた天然鯛よりも脂がのった養殖の方が焼き物や煮物には適しているという。ブリの照り焼きに関しても同様で、養殖の方が安定して旨いと断言する。背景には、10年以上水産会社で魚を見続けてきた経験があるからだ。天然・養殖という固定観念にとらわれず“その時期に最も美味しいもの”を選ぶ姿勢が料理に反映されている。

冷凍に頼らず“美味しいうちに出す”。食材を無駄にしない哲学

食材は基本的に冷凍しない方針だ。目的がある場合を除き、冷凍焼けで劣化・廃棄するリスクを避けるためだという。コースに使いきれなかった魚も、鮮度が良いうちに還元する形で提供することがある。「予算に合わないかもしれんけど、美味しいうちに食べてもらいたい」という想いが強く、冷凍して品質を落とすよりも、食材が喜ぶ使い方を優先している。その姿勢には、食材を“命あるもの”として尊重する料理人の信念が表れている。

“旅の記憶に残る料理”を届けたい─料理への根源的な想い

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料理を通して何を大切にしているかと問うと、岩岡さんは静かにこう語った。
「旅行で食べた美味しいものって二度と同じものに出会わないし、店の名前も覚えてないかもしれない。それでも美味しかった記憶だけは残る。だからこそ、うちに来たお客さんにも“そんな思い出”として美味しいものを食べてほしい」。

そんな体験を提供したいからこそ、常に丁寧に、誠実な料理を心がけている。料理が人生の記憶に刻まれる瞬間を大切にしているからだ。

 その言葉には、単に食事を提供するだけでなく、“体験としての食”を届けたいという想いがにじむ。食べ物は時間を超えて記憶に残る。料理が人生の記憶に刻まれる瞬間を大切にしているのだ。

市場と職人の間で学んだ「人の姿勢」

水産会社での配達経験が料理観を大きく形成したという。多くの料理店を訪れ、良い店と悪い店を肌で感じた。「いつもありがとうございます」と声をかけてくれる店は、従業員全体の空気が良く、大将も謙虚で人を大切にする。一方、態度が横柄な店は総じて伸びない。岩岡さんはその両極を見て、“自分は嫌な思いをさせない店作りをする”という学びを得た。

「商売は一人ではできない。支えてくれる人に感謝できる店は伸びる」と話す岩岡さん。そんな店には自然と“いいものを持っていきたい”気持ちが湧くものだ。謙虚な姿勢を保ち続けることが、信頼を生み、良い食材にもつながっていく。

次の夢は“こぢんまりとした店”。10年後を見据える将来像

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今後挑戦したいことを尋ねると、「この店を任せて、小さな店をやりたい」と語る。移転ではなく、現在の店を誰かに託し自身は落ち着いた環境で料理と向き合う店を構えるつもりだという。「10年後になるかもしれんけど、言うなら隠居みたいなもん」と笑う。長年の経験を“凝縮した店”への構想は、岩岡さんの次のステップを感じさせる。

“気軽に来てほしい”。見た目以上に飾らない店であり続ける

最後に、岩岡さんは読者へのメッセージをこう語った。
「見た目はちょっと高そうに見えるけど、そんなことはない。気軽に来てもらえたらうれしい。居酒屋と変わらない感覚で楽しめます」。
 シンプルな言葉の中に、“日常の中の贅沢”を提供する岩岡さんの想いが込められている。肩肘張らず、ただ美味しいものを心から味わう。そんな店が「和彩 純」だ。
和彩 純
住所
〒515-0076
三重県松阪市白粉町426−1
営業時間
木曜日
11:30〜15:00
18:00〜21:30
月曜日
11:30〜15:00
18:00〜21:30
火曜日
11:30〜15:00
18:00〜21:30
水曜日
11:30〜15:00
18:00〜21:30
木曜日
11:30〜15:00
18:00〜21:30
金曜日
11:30〜15:00
18:00〜21:30
土曜日
11:30〜15:00
18:00〜21:30
日曜日
11:30〜15:00
18:00〜21:30
開閉
電話番号
0598-67-6174
最寄駅
松阪駅から徒歩15分
ランチ
完全予約制
支払方法
各種クレジットカード利用可能
平均予算
2500~4000円
駐車場
近隣に5台
席数
テーブル4名掛け×5
禁煙
禁煙
ランチ提供
ランチ
ディナー提供
ディナー

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