ライター : shucyan

フードアナリスト / 江戸ソバリエ / ソルトマイスター

引っ越し蕎麦は、誰のため?

蕎麦は、あわただしい中でも簡単に調理できるので、引っ越した当人や手伝ってくれた人のお礼に食べるものと思っているかたが多いようですが、本来は近隣の家への挨拶の品として配られるものです。 一戸建ての家が多かった頃には引っ越したら「向こう三軒両となり」の家に挨拶に出向き、手ぬぐいなどを配るのが常でした。お正月のご挨拶と同じですね。引っ越し蕎麦は、挨拶品のひとつだったんです。

江戸蕎麦の歴史

今のような蕎麦切りが庶民に広まったのは、江戸時代中期と言われています。つなぎに小麦粉を二割入れた二八の手法によって、江戸っ子好みの細切りでも切れにくい蕎麦が広まり、関東で濃口醤油の生産が盛んになったことも大きな要因です。 その頃から引っ越し蕎麦も一般的になったと思われます。誰にでも喜んでもらえる、安価で間違いのない江戸庶民の地元熱狂グルメのひとつが二八蕎麦だったんです! 当時飲食店は少なく、蕎麦屋か一膳飯屋、居酒屋くらいしか庶民でも気軽に行ける店は少なかったでしょう。

実は語呂合わせ?

皆さんがおなじみの年越し蕎麦は「細く長く」という意味や「災いを断ち切る」という意味があることは広く知られています。同様に引っ越し蕎麦には「側に引っ越してきた」「おつき合いを細く長く」という意味が込められています。 日本人は昔から語呂合わせが好きで、例えば昆布を「喜ぶ」としておせち料理に用いたり、臼でついて渋皮をはいだ搗栗(かちぐり)を「勝栗」として戦勝を祈願したり、さまざまな品をプラス思考で縁起物として扱ってきました。

引っ越し蕎麦は、関東の風習?

食文化の違いとして、関東は蕎麦文化圏、関西はうどん圏と言われます。関西は蕎麦よりも、うどんを好む人が多く、引っ越し蕎麦の風習はまったくないわけではありませんが、マイナーと言わざるを得ません。 日本におけるうどんのメッカと言えるのが、讃岐うどんで有名な香川県です。香川県には、引っ越し蕎麦ならぬ引っ越しうどんの風習があるそうです。

すたれつつある風習

アパートやマンションなど集合住宅が増えた現代では、引っ越しに伴う挨拶回りの習慣はすっかり薄れ、隣にどんな人が住んでいるのかわからない人も珍しくなくなりました。昭和の初め頃から引っ越し蕎麦の習慣はしだいにすたれて行きました。 そのために、引っ越し蕎麦は近隣の住宅への挨拶品ではなく、引っ越した当人や手伝ってくれた友人や親せきなどで食べる風習に変わりつつあります。食習慣や生活スタイルも昔とは大きく変化しているので、食事時間やアレルギーなどにも気を配る必要があり、挨拶品としては乾麺の蕎麦を贈るという方法も解決手段のひとつです。
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