ライター : macaroni松阪特派員 たけ

松阪市 地方活性化企業人

三重県に半世紀以上にわたって地域の食卓を支え続けてきた洋食レストランがある。その名は「ボンジュール」。1970年の創業から現在に至るまで、時代の波に揺られながらも、一貫して「手間暇を省かない」という信念を守り続けてきた店だ。現在の店主・加藤有人さん(51)は、大阪・名古屋での修行を経て30歳でこの店に戻り、父から受け継いだ暖簾に自らの哲学を刻み込んできた。66席を擁する店内には、地元の常連客から遠方のグルメ客まで、今日も多くの人々が訪れる。その歴史と、変わらぬこだわりの背景に迫った。

祖父の土地に芽吹いた夢——創業者が切り拓いた洋食の原点

Photo by macaroni

ボンジュールの歴史は、1970年にさかのぼる。当時23歳だった加藤さんの父親が、不動産業を営む祖父の所有地にこの店を構えたのが始まりだ。高度経済成長期の日本において、フランス語の店名を冠した喫茶店は、地域の人々にとって特別な場所として映ったことだろう。

創業当初は今日の姿とはかなり異なる業態だった。ナポリタンやサンドイッチといった軽食を中心とした、いわゆる「喫茶店」としてスタートしたのである。2階席も設けられ近所の常連客が朝のモーニングを楽しみに訪れる、地域に根ざした憩いの場として機能していた。英字新聞を片手に毎朝モーニングを食べに来る常連の老紳士の姿は、当時のボンジュールの雰囲気を象徴するエピソードとして今も語り継がれている。

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しかし父は、喫茶店の枠に留まることなく、徐々に料理の幅を広げていった。選んだ道は、腕のあるコックを雇い入れてその技術を間近で吸収するという、まさに現場で学ぶスタイルだった。

ステーキをはじめとした本格的な洋食メニューが少しずつ加わり、喫茶店から「喫茶レストラン」へ、そして「洋食レストラン」へと、ボンジュールは長い年月をかけて変貌を遂げていった。店舗も創業地のまま、増築を重ねながら規模を拡大し、代を継いで現在の姿へと成長してきた。その歩みは、一人の若者の夢が地域とともに育ってきた証でもある。

大阪・名古屋での修行が育んだ、二代目の「目利き」

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現店主の加藤さんが料理の道を志したのは、父親の背中を見て育った幼少期の経験が大きく影響している。高校卒業後、大阪の辻調理師専門学校で2年間の基礎を学んだ加藤さんは、その後大阪市内のフレンチレストランに就職した。規模は小さかったが、その分だけ調理から仕込み、ホールまで店舗運営の全般を経験できる環境だったという。料理人としての土台を築くには、むしろ理想的な環境だったといえるだろう。

その後名古屋へと活動の場を移し、約8年間にわたって複数の洋食店・欧風料理店で腕を磨いた。この名古屋時代が、後のボンジュールの看板メニューを生み出す上で決定的な役割を果たすことになる。名古屋・千種エリアを中心に3軒の店を渡り歩く中で、加藤さんはある洋食店のデミグラスソースに強い感銘を受けた。入店してみると、そこでは時間と手間を惜しまない本格的なデミグラスソースが丁寧に作られていた。この出会いが、ボンジュールの代名詞となる「9日間煮込みのデミグラスソース」の原点となる。

帰郷を前にした加藤さんに、師匠はひとつのアドバイスを授けた。地元・松阪の名産品である松阪牛を使ったハンバーグをメニューに加えてはどうかという提案だった。アイデアの種を受け取った加藤さんは、自らの技術と感性でそれを形にすることを決意する。修行で培った洋食の技術と、地元食材への深い理解が交差するこの瞬間が、ボンジュールの新たな歴史の幕開けとなった。

「折れなかった」二代目の矜持

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30歳で故郷に戻った加藤さんを待っていたのは、父親との共同作業だった。長年にわたって店を守り続けてきた父は、強いこだわりと確固たるやり方があった。二人の間には、当然のように意見の衝突が生まれたのだ。

互いに譲れない部分は守りながら、時には折れ、時には主張を通すという、緊張感のある協働関係が続いた。それは一つの店の未来をめぐる真剣な対話だったといえる。帰郷と同時に店の運営を実質的に引き継いだ加藤さんはまず改装に着手した。内装を刷新し、メニューを大幅に見直すことで、ボンジュールの新たな章を開こうとしたのだ。

改装のタイミングで加藤さんが行ったのは、喫茶店的な軽食メニューを徐々に縮小し本格的な洋食料理の比率を高めていくことだった。その中心に据えたのが、師匠のアドバイスをもとに開発した松阪牛ハンバーグだ。粗挽きの松阪牛ミンチを使い、ローストした玉ねぎを練り込んだハンバーグは、当時の三重県内では珍しい本格派の一品として、瞬く間に評判を呼んだ。

特に、地元の情報誌に掲載されると反響は大きく、三重県内外からお客が訪れるようになった。加藤さん自身も予想していなかったほどの反響だったという。

「手間暇」という揺るぎない哲学

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ボンジュールの料理を語る上で、9日間かけて丁寧に仕上げるデミグラスソースの存在は欠かせない。デミグラスソースに限らず、野菜はできる限り三重県産のものを使用し、松阪牛のスネ肉のミンチは地元の精肉店に特別に挽いてもらっている。かつてはバラ肉を使っていたが、現在はスネ肉に変更している。脂身が多いバラ肉に比べ、スネ肉は肉本来の旨味が際立つ。

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松阪牛ハンバーグステーキ・ライスorパンセット:1,680円
加藤さんが「おすすめの品」と語るのが、ビーフシチューだ。煮込みハンバーグと並ぶ人気メニューだが、加藤さん自身はビーフシチューの方に一層の自信を持っている。デミグラスソースをベースにした濃厚なソースが食材にしっかりと絡む—その完成度は、長年にわたって磨き続けてきた技術の結晶だ。クリスマスシーズンには特別コースを提供するなど、節目節目に特別な料理を用意することも、日常の中に「ハレの日」を作り出すボンジュールらしい演出といえる。`

ドライフラワーが店内を彩る

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店に足を踏み入れた瞬間、視界に広がるのは無数のドライフラワーたちだ。淡く色褪せた花びら、繊細に絡み合う茎と葉、そして柔らかな光を受けてほんのりと輝く自然の造形美。それらが天井や壁面を彩り、訪れる人々を日常の喧騒から切り離された、どこか異国情緒漂う空間へと誘う。

このドライフラワー装飾を語るうえで欠かせないのが、オーナーの妻の経歴だ。彼女はもともと花屋に勤めており、花に関する専門的な知識と技術を身につけてきた。花の種類や特性、乾燥のさせ方、色の組み合わせ、そして空間における花の配置—こうした知識は、単に「花が好き」という趣味の域を超えた、プロフェッショナルとしての眼差しを彼女に与えている。

地域とともに歩む56年——次の半世紀へ向けた静かな決意

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創業から56年。ハンバーグ専門店として特化していく方向性も、今後のボンジュールの姿を形作っていくだろう。本格的な洋食レストランを目指して帰郷した加藤さんにとって、「ハンバーグ屋さん」と呼ばれることへの複雑な思いがないわけではない。しかし、お客が求め、お客が喜ぶ料理に真摯に向き合い続けた結果として辿り着いたこの姿は、ある意味でボンジュールが地域に選ばれ続けてきた証でもある。

今日もランチを楽しむ人々の笑顔が溢れる店内では、加藤さんとスタッフたちは変わらぬ丁寧さで料理を届け続ける。9日間煮込んだデミグラスソースの香りが漂うその空間は、半世紀以上にわたって積み重ねられた「手間暇」という哲学の、最も雄弁な体現だ。

ボンジュールは、これからも変わり続けながら、変わらないものを守り続ける。それが、この店が56年間愛され続けてきた、最大の理由なのかもしれない。

Restaurant BONJOUR ボンジュール
〒515-2115
三重県松阪市中道町537
土曜日
11:00〜15:00
18:00〜21:30
月曜日
定休日
火曜日
定休日
水曜日
11:00〜15:00
18:00〜21:30
木曜日
11:00〜15:00
18:00〜21:30
金曜日
11:00〜15:00
18:00〜21:30
土曜日
11:00〜15:00
18:00〜21:30
日曜日
11:00〜15:00
18:00〜21:30
開閉
0598-56-2301
L.O.
ランチ:14時、ディナー:20時半
定休日
火曜、不定休
最寄駅
松阪駅より車で15分
支払方法
クレジットカード可
平均予算
1,000〜2,000円
駐車場
店前30台
ランチ
ディナー

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