ライター : macaroni松阪特派員 たけ

松阪市 地方活性化企業人

山の中でひっそり営業するおばあちゃんの蕎麦屋

Photo by macaroni

三重県松阪市飯高町宮前のまだ山の奥、もう少し行けば奈良との県境の山あいに「飯高グリーンランド こそめ亭」は店を構えている。道の駅のような大きな店舗を一歩くぐれば、広々とした空間にゆったりとした間隔で客席が設けられている。そんなお店の主、森本久美子さんは、83歳となった今もなお厨房に立ち続けている。

「取材をさせてください」とお伺いした際、「仕方ないな〜」と言いながらいたずらっぽく笑う、お茶目な一面を持つ可愛らしいお母さんだ。今回はそんなお店の物語を紐解いていこう。

「蕎麦屋をやろう」—夫の一言で生まれた専門店

「飯高グリーンランド こそめ亭」は、森本さんの亡き夫、森本和夫さんの「蕎麦屋をやりたい」という一言から始まった。

「主人が“やろう”と言い出したから自分がするんかと思ったら、何にもせえへんのやで。でもなんで蕎麦屋なんやろと思って。不思議やったなぁ。」と笑う。

実は森本さんは、店を始める前から蕎麦打ちを教えていた経験を持つ。松阪市の振興センターで蕎麦打ち教室を担当し、多くの人に技を伝えていた。和夫さんもそんな森本さんを見て、セカンドライフとして蕎麦屋をしている姿を見てみたいと思ったのかもしれない。

元畑に立つ「こそめ亭」の場所づくり

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とはいえ、山あいには空き店舗などは一切ない。まずはお店を作るところから始めなければならなかった。そこで目をつけたのが持っていた道路沿いの土地だった。

「ここはもともと畑やったんやに。昔は田んぼで、お茶畑にもしてた。それを埋め立てて、ようやく今の形になったんよ」と森本さんは当時を懐かしむように語る。お店の建築には、造園業と土木業を営んでいた和夫さんの力も大きかった。こそめ亭の建物も、その夫が手がけた基礎の上に立っている。

「材木は、松阪の山から切り出した木を使っているんです。」と森本さん。地元の自然の恵みと人の縁が、この場所の土台をつくってきた。

お店づくりに込めた夫婦の思い

今の店構えは、設計士に依頼して建てたものだという。「ほぼ60のときにお金を借りて建てたもんで、返すのもたいへんやった」と振り返る。店舗設計やプランを決めたのはご主人。「主人が知らん間に勝手に決めてんの」と笑うが、そこには夫婦二人で支えてきた年月の重みを感じられる。

かつては昼だけで240人。活気に満ちた全盛期

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2001年3月15日58歳の頃にオープンした際、当初から多くの客で賑わった。昼の営業だけで240人が訪れる日もあり、地域の人気店として知られていた。

「スメール(※近隣の温泉兼ホテル施設。現在はペットと泊まれる宿泊施設になっている)と競争しとったんです。多いときは200と何十人ぐらい。スメールに勝ったな、なんて言いながらね」と森本さんは笑う。厨房では、わずか5人のスタッフで240人分のオーダーを回していた。

「オーダー表がずらーっと並んで、いつ終わるのかと思うくらい忙しかった」と振り返る言葉には、懐かしさと誇りがにじむ。

道の駅 飯高駅ができて以降、客足は少しずつ減ったが、それでも店を閉めることはなかった。現在も「年中無休」で営業を続けており、「私が悪くなるまでは休まない」と言い切る姿に、常連客がこの店を支えてきた理由が見える。

昼だけの営業、それでも続く人の輪

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当初、「こそめ亭」は蕎麦、コーヒー、生ビール、はたまたお土産ものと幅広い商品を扱っていた。ドライブの途中で立ち寄る人、地元の常連客、仕事帰りの一杯を楽しむ人など多様な客層が訪れる、いわばドライブインである。当時から営業は昼のみで、夜は和夫の友人たちが集まるときに限られていたという。

「主人の友達がようけ来てくれて、昼でも夜でもいっぱいやった」と森本さん。土木業を通じた夫の人脈が、店の賑わいを支えていた。和夫さんの死後、その光景は少しずつ変わっていった。

森本さんも年齢を重ね、現在は蕎麦屋としての営業のみとなっている。当時と比べるとゆったりと時が流れる店内で「今は本当のお得意さんだけ」と、変わらず暖簾を守り続ける姿勢は、長年続けてきた森本さんのライフワークとなっているようだ。

変わらぬ手と、飾らぬ味。森本さんの“いつもの蕎麦”

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花の形に型抜きされたそばはおばあちゃんからのサプライズ!
昼の時間を終えてひと息つく森本さん。「もうメニューも減らそうかと思っとるんよ」と笑いながら話す姿には、長年この場所で積み重ねてきた穏やかな誇りがにじむ。現在は「ざる」「かけ」「わかめ」「たぬき」「天ぷら」の5種を中心に、できる限りの丁寧な仕事を続けている。

そばへのこだわりはと問うと「こだわりはない。だって蕎麦粉がええ蕎麦粉やから」と一言。使うのは長野県戸隠村産のそば粉「戸隠」。二八で打つが「繋がらんやわ」と笑う。その素朴な一言に、長年の勘と経験が滲む。小麦粉は特別なものを使わない。作り方のポイントを聞いたところ「おばあちゃんの秘密」といたずらっぽく笑いながら軽くあしらわれてしまった。

揚げたての天ぷらが生む幸せ

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サックサクで軽い食感の天ぷらそば:1,500円
こそめ亭の一番人気は、開店当初から続く「天ぷらそば」。

「みんな『サクサクでおいしい』って言ってくれるんやけど、コツなんてあらへん。温度が一定やからやろうな」。油を惜しまず、温度計で確かめながら丁寧に揚げる。それだけで衣は驚くほど軽やかに仕上がる。粉は特別なものではないが、「つゆは手作りやしな」と森本さん。素材の良さを素直に引き出す、家庭的でありながら職人の技が光る一杯である。

そばはしこしこの弾力につるんとしたのど越し、後に香るふわっとそばの風味が小気味良い。自家製のめんつゆもそばの風味を引き立てている。天ぷらは話を聞いていた通りサクッと軽い食感でぺろりと食べられてしまう。

変わらない「ちょうどええ」 森本さんと常連客との距離感

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森本さんお一人で切り盛りしているため、ゆったり気長に出来上がりを待つのが粋というものだ。 現在はとろろそばも販売を終了している。
かつては「かきあげそば」や「とろろそば」も出していたが、「面倒なんやもん…」と茶目っ気たっぷりに笑う。常連さんの中にいる、片方が天ぷら、片方がとろろを頼まれるご夫婦の時だけは、馴染み客からの秘密のオーダーとして限定でお出ししているという。

仕入れは地元のスーパーから。店の奥さんも常連で、食べに来るほどの間柄だという。長年の経験と勘で数を見極め、余らせず、常連客をがっかりさせないよう心を配る。「それ以上にお客さんが来て、常連さんやったときはほんまに困るんやけどね」と森本さんは苦笑する。

味の好みは人それぞれだが、どんな注文にも変わらぬ手間と誠実さで応えている。

遠方から通う常連客と支え合う関係

現在のこそめ亭を支えているのは主に、地元客ではなく県外から足を運ぶ常連客たちだ。「鈴鹿とか志摩とか、奈良や大阪のほうからも来てくれるんです。通りがかりの人もいるけどね」と森本さん。長年にわたって積み重ねてきた信頼が、遠方からでも訪れたいと思わせる魅力を生んでいる。

道の駅や大型施設との競争にさらされながらも、“手打ち蕎麦”と森本さんの人柄を目当てに手土産を持って訪れる人も少なくない。その事実が、この店の本質を物語っている。

「グリーンランドこそめ亭」に込められた名の由来

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店名の「飯高グリーンランド こそめ亭」には、いくつもの想いが込められている。「飯高グリーン」は、和夫さんが手がけていた造園・土木会社に由来する。そこに「ランド」をつけて、地域と自然を象徴する名前にした。

“地域の名を残す場所を”という夫婦の想いは変わらなかった。「こそめ」という名は、和夫さんの曾祖母の名前から取ったものだ。

「その人が、ようできる人で嫌味のない立派な人やったから、そこから“こそめ”にした」と森本さんは語る。夫婦のルーツと地域への敬意を込めた店名は、時を経た今も変わらず店名に掲げられている。

生活と仕事が一体となった空間

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店舗を建てる際当時住んでいた住居は処分した。今では店舗奥の12畳ほどの部屋が住まいになっている。「物を置いているから狭いけどね」と笑う森本さん。日常と仕事の境界が曖昧なその暮らしは、長年この場所を守り続けてきた証でもある。

近所の人たちとの関わりも深く、かかりつけ医への通院の際には店向かいの売店の「おばちゃん」に送ってもらうなど、地域の温かい助け合いが日々の中にある。「いつも一緒に行くんやわ」と、穏やかな笑みで語る森本さんの姿からは、地域とともに歩んできた人生そのものが感じられる。

地域に根づく人のつながりと店の支え

こそめ亭の前の道を隔てて反対側には、お菓子や煙草、雑貨などを扱う売店がある。店主は前述の「おばちゃん」である。森本さんよりいくつか人生の先輩だが、売店の運営以外にも畑で収穫した野菜を道の駅に出荷するなど、バイタリティあふれる存在だ。飯高の人々は互いに支え合いながら、それぞれの生業を守ってきた。


森本さんにも家族の支えがある。「娘は松阪の海の近くに住んでいて、日曜日に手伝いに来てくれるんです。もう24年間、休みなく来てくれているんですよ」と語る。「やっぱり娘やないとあかん。ほんとやに」と、支えてくれる家族への感謝を口にする。

変わらない味を、無理のない形で

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年齢を重ねた今は「力もなくなってきた」と言いながらも、日々変わらぬおいしさを提供し続ける。その柔らかな物腰と、芯のある仕事ぶりに、多くの人が足を運ぶ理由がある。
「飯高グリーンランド こそめ亭」は、森本さんの生き方そのものだ。無理をせず、できることを、できるだけのかたちで続ける。夫との思い出、常連客との語らい、季節の移ろい。そのすべてが、この山あいの蕎麦屋を今日も支えている。

「いつまでできるか分からんけど、やれるうちはやる」。
その言葉に、飯高の人たちが大切にしてきた“生きる力”が宿っている。店に入ると、そんな素朴で温かな時間が今も変わらず流れている。
飯高グリーンランド こそめ亭
住所
〒515-1506
三重県松阪市飯高町田引602−1
営業時間
木曜日
11:15〜14:00
月曜日
11:15〜14:00
火曜日
11:15〜14:00
水曜日
11:15〜14:00
木曜日
11:15〜14:00
金曜日
11:15〜14:00
土曜日
11:15〜14:00
日曜日
11:15〜14:00
開閉
電話番号
0598-46-0687
席数
20席程度
L.O
13:45※売り切れ次第終了
最寄駅
松阪駅より車で1時間
支払方法
現金のみ
平均予算
1,000〜1,500円
駐車場
店前10台
禁煙
禁煙
ランチ提供
ランチ

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