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手料理に込めた想い。松阪市の人気店「まっちゃ好好亭」
店主の森田識(さとる)さんは、調理に真摯に向き合う職人肌の料理人。地域に根ざした温かな店づくりを続けている。そんな森田さんに今日は話を伺った。
ルーツにある「好好(ハオハオ)」の名。親族とのつながりから始まった料理人の道
森田さんが飲食の世界に入るきっかけとなったのは、親族が営んでいた「まっちゃ亭」だった。
「まっちゃ亭は親戚のおじさんがやっていたお店なんです。もともと親父も中華料理屋をしていて、店名が“好好(ハオハオ)”というんですよ」と森田さんは語る。
幼少期から飲食業が身近にあり、「いつか自分も店を持ちたい」という気持ちは漠然と抱いていたという。
父の他界により直接教わることは叶わなかったが、「せっかくなら親戚のおじさんに教えてもらおう」と思い立ち、「まっちゃ亭」で本格的に修行を始めた。
駅裏の串カツ屋で培った“人との距離感”
「あそこで接客の経験ができて良かった。人と話すのは得意じゃなかったけど、酔ったお客さんから人生の話を聞いたり、常連さんとの距離感を学べたのは今に生きてますね」と振り返る。
昼は食堂、夜は串カツ屋。二つの厨房を駆け抜けた修行時代
朝6時からまっちゃ亭で仕込みを始め、昼からは移動し串36で仕込みと調理。夜は0時を過ぎても片付けと掃除。その後まっちゃ亭に戻り、店舗2階でやっと仮眠ができる。2店舗は松阪を横断する形で位置しており、距離は車で約1時間、たどり着くのは深夜2時過ぎという過酷な日々だった。
「若かったからできたこと。今なら絶対に無理ですね」と笑うが、その下積みが現在の味と姿勢の礎となっている。
修業先との縁と、仙台への同行
店舗選びは“勢い”で。勢いで始まった「まっちゃ好好亭」
フライヤーが動かない!? 忘れられないオープン初日のハプニング
そんなハプニングも今では笑い話だが、当時は毎日が試行錯誤の連続だったという。
「とにかくやりながら覚えていく感じ。従業員として働くのと、自分で店を動かすのは全然違いますね」と語る。未経験の経営に戸惑いながらも、ひたむきに一歩ずつ積み上げていった。
コロナ禍直前の決断。止まれないまま始まった新店舗づくり
建設が進む中、2020年4月には最初の緊急事態宣言が発令。「契約したのが2019年末〜2020年ぐらい。ちょうど建て始めた頃に“あ、やばい”って思ったけど、もう止めらんかったですね」と森田さんは苦笑する。その言葉の裏には“自分の手で店をつくる”という信念が感じられる。
コロナ禍の真っ只中で迎えた新しいスタート
「オープン景気はちょこっとありましたけど、“こんなに人って動かんの!?”って思いましたね。あんなの初めてでした。どうする?って話もしたけど、結局“もうしょうがないな”って。やるしかないんですよね」と振り返る森田さんの言葉には、当時の静かな覚悟が滲む。
補助金やコロナ融資を活用しながらなんとか踏ん張り、少しずつ営業を続けた。
長引くコロナ禍の中、再びに客足とぎわいが戻りつつある店内には、常連客と新しいお客が混ざり合う。少しずつ、しかし確実に地域の日常が戻ってきている。
三世代で楽しめるラーメン店。女性客や年配層にも愛される理由
「うちは多分“三世代で来てもらえる店”なんです。おじいちゃん/おばあちゃん・娘/息子・孫って感じで。普段はご夫婦で来てくれて、お盆や正月には娘さんや孫さんを連れてきてくれる」と森田さん。
特に年配客が多いのが特徴で、平日の11時台はシルバー世代で満席になることも少なくない。「病院帰りに寄ってくれる方も多いですね。飯高の方から市内の病院に来て、その帰りに寄ってくれるとか」と話す。
女性ひとりで訪れるお客も多く、ラーメン店にありがちな“入りにくさ”がないのも魅力だ。「うちのラーメンはそんなにコテコテしてないし、外観もラーメン屋っぽくない。だからスッと入れるのかもしれないですね」と森田さん。
店づくりから味づくりまで、“誰もが安心して立ち寄れる空気”が、まっちゃ好好亭の最大の強みである。
人気No.1はやはり「まっちゃラーメン」
最大の特徴は、青森県産のにんにくを使用していること。
「青森のにんにくを使うと、ホクホク感が全然違うんです。香りも味も丸く仕上がる。これがこだわりですね」と語る森田さん。その一言からも、素材の選定に妥協しない職人気質がうかがえる。
提供されてまず感じたのは「すごいにんにく入ってるな…」。丸々とした大きなにんにくがゴロゴロ入っている、かなりのパンチのラーメンでにんにくを具材として楽しむタイプである。スープもしっかりとした辛味があり、ご飯と合わせても◎
なるほど、松阪シニア世代の元気の源はまっちゃラーメンだったのか…
幻の父の味を再現―“好好ラーメン”誕生の裏側
これは森田さんの父がかつて作っていたラーメンを、記憶と伝聞を頼りに再現した一杯である。
「僕が小さい時に店を閉めていたので、父の味を食べたことがなくて。昔からの常連さんに“こんなんやったかな”って聞きながら作った感じなんです」と話す。
完成した瞬間の感想を聞くと、「これなんや、って感じでしたね。食べたことがないから(笑)」と笑う。
まっちゃラーメンが“自分の原点”なら、ハオハオラーメンは“家族の記憶”を繋ぐ一杯なのだ。
常連のリクエストで復活した「まっちゃの三本柱」
長年の常連客から「復活してほしい」と強い要望が寄せられ、再登場を果たしたメニューが3つある。
それが、「和っちゃラーメン」「スタミナラーメン」「ネギラーメン」だ。
「これはかなりいろんなお客さんに言われましたね。『あれ、ないの?』って聞かれることが多くて。オープンしたての頃は断ってたんですけど、そんなに言ってもらえるなら復活しようかと」と森田さん。
まっちゃ好好亭の味は、地域の人々の記憶とともに育まれている。こうした“お客さんと一緒に作るメニュー”こそが、店の信頼を支える大きな要素となっている。
人気ランチ「選べるおかずランチ」の一番人気は油淋鶏
その中でも特に人気なのが「油淋鶏(ユーリンチー)」である。
「サラダもついていて一番さっぱりしてるからじゃないですかね。ご飯もすすむし、唐揚げとは衣が違ってサクッとなるようにしてあります」と森田さん。
一品ごとに工夫を凝らした手作りの味が、働く人の胃袋をつかんでいる。
ただ、現在はメニュー数を絞っており、「一人ではさばけない」ため、以前より少し減らしたという。
「昔は5、6種類もっと多かったけど、ラーメンの注文が多いので整理しました」と話す。
卵が決め手の「エビチリご飯」―ご飯に合うひと工夫
単品メニューとしても提供されているが、「昼ランチの方には卵が付いてくる」とのこと。
その理由を尋ねると、「ご飯とエビチリだけやったら単調やなと思ったので、卵を合わせたらええ感じやなって」と森田さん。
最初は試しに追いかけた卵が、いまや料理のバランスを整える重要な存在になっている。
まっちゃ好好亭の料理は、こうした“ちょっとした気づき”から進化してきたのだ。
「あ、俺ならこうする」から始まる新しい味の探求
「ぼーっとしてる時に思いつくこともあるし、食べに行って“俺ならこうするのにな”って思いながら食べて、試してみたりとか。」と森田さん。
ときには家族からのリクエストがきっかけになることもある。妹さんが食べてきた“あんかけラーメン”をヒントに作った一杯は、結果的に全く別の味わいになったが、「違うけどおいしいな」と言われ、まっちゃハオハオラーメンにつながった。
料理の新しい可能性を生むのは、計算ではなく“感覚”と“遊び心”。それこそが、森田さんの料理の魅力を支える原動力である。
山のある風景に惹かれて選んだ現在の店舗
「家が近いのと、あと裏に山があるっていうのがよかったんですよ。僕、田舎の出身なんで、山が見えるって落ち着くんです。そこまで深く考えてないです(笑)。でも、安かったし、勢いで決めちゃいました」と話す。
どうやら“心地よさ”で選んだようだ。飾らない言葉で語るその姿勢が、まっちゃ好好亭らしさでもある。
飲食の血筋と商売の環境が育んだ感性
なぜそこまで急いで独立したのか。その理由を尋ねると、森田さんは少し照れたように笑う。
「家でみんな商売してたんで、やっぱり自分もやりたかったんですよ。あとは、ずっと人に怒られたくないっていうのもありましたね(笑)」と率直に話すが、その裏には“自分の力で生きたい”という強い独立心があった。
実際に始めてみると「そんなに甘くなかった」と笑う森田さん。しかし、その勢いと覚悟こそが、今も続く「まっちゃ好好亭」の原動力になっている。
周囲の後押しで実現した独立。家族と“親方”が背中を押してくれた
「多分、自分ひとりやったら“めんどくさいなぁ”ってなってたと思います。親方や家族が“やりなよ”って言ってくれて、そういう風に道をつくってくれたんやと思いますね。自分、結構なまくらなんで(笑)。でも、家族とか周りが“そろそろやろうか”って空気を作ってくれたのはありがたかったです」と振り返る。
世代を超えてつながる場所に
「向こうのお店の頃から来てくれているお客さんの子どもが、今では中学生になってるんですよね。今おる子どもたちが大人になって、また自分の子を連れてきてくれたらうれしい。どんどん世代がつながっていくのを見られるということは、それだけお店が長く続いているということだから」と語る言葉には、地域とともに歩んできた年月の重みが感じられる。
常連客の中には、店主の家族の成長を見守ってきた人も多い。
「妹の子どもなんか、小学生のころから店に座ってたんですけど、今はもう高校生になってて。常連さんが『えっ、あの子こんな大きなっとんか!?』ってびっくりしてくれて。そういうのが面白いですね」と笑う森田さん。
「これから10年、20年と続けていけたらいいなと思います」と語る森田さんの言葉には、特別な計算も誇張もない。人と人の時間が交差し、世代を超えて繋がっても変わらずそこにある―それがまっちゃ好好亭最大の魅力なのだろう。