目次
店の中心にあるのは「おうちごはん」の思想。母やおばの代から受け継がれてきた手仕事の食文化と、オーガニックの理念を通して、日本の食の知恵を次世代へ伝えていく場所である。店では味噌、漬物、梅干し、薬草茶までもが手作りのお店だ。
今回はそんな堀あゆみさんに話を伺った。
看護師から飲食業へ。原点は「家族の健康を守る」ことだった
夜も寝る間を惜しんで働いたという堀さん。しかしその中でも、医療や美容の仕事にやりがいを感じていたと話す。が、40歳を目前にして体調を崩す。病院では病名がつかず、「ただの疲労」と診断された。「寝る間も惜しんで働いていたので、体を壊してしまって」と振り返る。
考え方に影響を与えたオーガニックとの出会い
「自分と息子、父母の食事を私が全部作って変えてみたら、体がみんな良くなっていって。息子の肌荒れもきれいになりました。実際、父に昼だけオーガニック弁当を作って1ヶ月続けたら、体調が目に見えて変わったんです。実感としては明らかに体が変わった。父はお酒も飲むし痛風もあったけれど、今ではすべて数値が正常なんです」と語る表情は穏やかだ。
SNSで発信し続けた「食と体の関係」
現在「マイネマミー」のInstagramはフォロワー1万人に迫る人気アカウントとなっている。「特別なことをしているわけではなくて、私たちの“家庭の延長”をそのまま伝えているだけなんです」と堀さん。今も“食のあり方”を発信し続けている。
現在のお店となる空き家との出会い
「このあたりは私の地元なんです。たまたま近所の知り合いの家が空き家になっていて。もともと日本舞踊のお師匠さんのお宅で、広いお屋敷だったんです」と堀さんは話す。その家は長らく買い手がつかず、堀さんの父の「ここに住めばいいのに」という一言から話が動き出した。
カフェ一択。オーガニックを伝える拠点として
「4、5年オーガニックの学びを続けてきたことを、誰かに伝えたかったんです。特に子育て中のお母さんに、家庭でもできることを知ってもらいたくて」
調味料や塩の選び方から、無添加の料理法まで。「お家でも実践できること」にこだわる。だからこそ、ここで食べるだけでなく、生活に持ち帰れる“学びの場”としての役割も意識した決断であった。
2023年12月にこの場所と出会い、2024年3月にオープン。準備期間はわずか3カ月。「飲食の経験はまったくなかったです」と笑う堀さんだが、決意は揺るがなかった。偶然のようで必然のような出会い。“日本舞踊の稽古場”として使われていた空間が、“オーガニックカフェ”として新たな命を吹き込まれた瞬間である。
店名から感じる母としての大きな愛
息子さんは中学生の時からおよそ8年間、ドイツへサッカー留学をしていたという。帰国後、堀さんが店を開く際に名付けてくれたのが「マイネマミー(Meine Mami)」──“僕のお母さん”という意味だ。
留学中に“オーガニック先進国ドイツ”の食文化にも影響を受けたという息子さんは、現在パーソナルトレーナーとして活動しながら週末には店の手伝いにも入るという。
「まごわやさしい」─バランスを整える家庭の知恵
「オーガニック系のお店って揚げ物がないことが多いんです。でも、やっぱり食べたいじゃないですか」と笑う堀さん。「おうちで食べたいものを厳選した食材で作れば体はちゃんと応えてくれる。だから、食べたいものを“安心して”食べてもらいたいんです。」と語る。
ランチメニューは、基本的に週替わり。人気の「アジフライ」は固定メニューとして常に提供し、それに加えて魚料理が1種類、肉料理が1種類というバランスの取れた内容だ。
「魚は煮付けや照り焼きなど、その時の旬に合わせて調理しています」と堀さん。手間を惜しまない丁寧な料理づくりが、訪れる人々の満足感につながっている。
看板メニューは塩麹アジフライ─素材が引き出す“滋味”
アジフライというと家庭的で庶民的なメニューだが、素材選びと仕込みに一切の妥協がない。まさに「おうちごはん」の延長線上にありながら、外食としての満足感を兼ね備えた“マイネマミーらしい一皿”である。
季節限定で登場する「天然ブリの塩焼き」も好評だ。旬の魚を使い、シンプルながらも素材の味を最大限に引き出す調理法にこだわる。玉ねぎ麹に漬けた唐揚げもファンが多く、男女問わず満足度の高いメニューが揃っている。
“まごわやさしい”を大切にした季節の小鉢
「特に意識しているのは発酵食品を取り入れることですね。麹を使って塩麹や醤油麹で味付けしたりします」と堀さん。
砂糖も精製されたものではなく、てんさい糖やきび砂糖を使用。ただし、血糖値の上昇を抑えるため、蜂蜜やアガベシロップに置き換えることもあるという。
「調味料は厳選して、できるだけ体に負担の少ないものを選ぶようにしています」と話す。
発酵と自然の力を活かした食づくりは、堀さんの食哲学そのものだ。
体に優しいドリンクバーも魅力
店内にはセルフスタイルのドリンクコーナーがあり、黒豆茶と薬草茶が飲み放題。お水も水素水を使用している。
「黒豆茶を売ってくださいと言われることもあります」と堀さん。使用する黒豆は有機栽培のオーガニック黒豆で、焙煎してからお湯で淹れるだけというシンプルさながら、香ばしく深みのある味わいが人気の理由である。
一方、薬草茶は約12種類の薬草をブレンドして作っているという。よもぎやヤーコンをはじめ、身体を内側から整える自然素材がふんだんに使われている。
「薬草茶は、母が山で採ってきた薬草を乾かして燻してつくっているんです。うちのお茶は全部手づくり。おばあちゃんの代から続いている知恵なんですよ。小さい頃から当たり前に飲んでいたので、特別なものだとは思っていませんでした」と堀さん。
“手の届くオーガニック”を実現する価格設定
その背景には、地域とのつながりがある。地元の農家から譲り受ける野菜や、手作りの調味料など、コストを抑えながらも品質を保てる工夫が随所にあるのだ。
「市場に置きに来ているおじさんやおばあちゃんに、『農薬使ってる?』って聞くんです」と堀さん。名前を聞き、顔を知り、その人が育てた野菜を使う。シンプルだが、食の安全と信頼を築く最も確実な方法である。
地域の人とのつながりを大切にしながら、野菜の“背景”まで知ったうえで調理することが、マイネマミーの大きなこだわりだ。
“できることから始める”オーガニックの実践
来店客から相談を受けた際も「まずは調味料を変えてみて」とアドバイスしているという。調味料の仕入れは、地元のマックスバリュやオークワなど、ごく一般的なスーパー。「みんなが買い物する場所で買えるものを使うようにしてます。『それなら家でもできますよ』って言えるじゃないですか」と笑う。
「調味料は毎日使うものだから、変えるだけで全然違います。わからなかったら聞いてください」と、地域の人々に寄り添う姿勢を見せる。
ゆるやかに、心地よく─“精進しすぎない”健康ごはんの哲学
完璧を目指すのではなく、誰もが続けられる“やさしい健康”を目指す姿勢が、「マイネマミー」の根幹にある。堀さんの言葉には、「無理をしないでいい」というメッセージが込められている。健康志向を掲げる店が増える中で、この“ゆるさ”が逆に人々の共感を集めているのだろう。
日本の「発酵食文化」を次の世代へつなぐ
無農薬野菜──広がる「マイネマミー」構想
「地域の方が無農薬で育てている野菜をここで売ったりできたらと思っています。その人たちの収入にもつながるし、地域の循環が生まれるから」
農業から販売までを手掛ける“6次産業化”への構想を少しずつ少しずつ固めているようだ。
「美味しい」の言葉が原動力
「すごく作るのは大変なんですけど、『美味しい』って言ってもらえるのが一番嬉しいんです。それで頑張れます。お家でも作れるように、あえてそういう料理を作っているので、ぜひご家庭でも試してもらいたいです。興味があれば気軽に声をかけてください」と堀さん。
料理を通して人を笑顔にすることが、彼女にとって何よりの喜びであり、エネルギー源なのだ。その言葉どおり、誰でもふらりと立ち寄れる、やさしい雰囲気の“地域のカフェ食堂”である。