ライター : macaroni松阪特派員 たけ

松阪市 地方活性化企業人

松阪の住宅街にひっそりと佇む、親しみ深いうどん屋

三重県松阪市の飲み屋街、愛宕町の端にある老舗うどん店「やっこ」。創業から70年以上、家族代々で暖簾を守り続けてきたこの店は、地域に根ざした昔ながらの味を今に伝える存在だ。昔ながらのうどん屋さんを自称するとおり、いい意味で「想像通りの料理がそのまま出てくるお店」であることを納得させられるような安心感のようなものを店構えから感じられる。

今日は店主、一色睦夫さんにそんな「やっこ」の歴史やこだわりを聞くことができた。

70年以上続くうどん屋の歴史、始まりは祖父と父の代

Photo by macaroni

現在の店舗は、創業から70年以上続くうどん屋。もともとは祖父が松阪に移り住み、店を始めたという。その後、叔父と父の兄弟で店を引き継いだ。

創業当時の屋号について、一色さんは「祖父の代は『一色亭』だった」と語る。現在の「やっこ」という名前がいつから使われていたのか正確な時期は不明だが、おじさんとお父さんが店を営むころにはすでに「やっこ」と呼ばれていたという。由来や意味については明確ではなく、あくまで歴史の中で自然と受け継がれてきた名前なのだろう。
現在店を支えるのは、一色睦夫さんとお母様の二人。役割分担が明確に決まっているわけではなく、その時々の状況や注文の流れによって、どちらがどの作業をするかを柔軟に決めている。

忙しい時間帯でも、二人の息の合った動きによって、店内に無駄な動きはなく、スムーズに料理が提供される。家族経営ならではの温かさと機動力が、変わらぬ味とともに「やっこ」を支えているのだ。

受け継がれる家業への思い

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幼い頃からご両親や叔父さんが働く姿を間近で見てきた一色さん。周囲から「家業を継ぐのだろう」と言われて育ったが、本人としては当初から「料理が嫌いではなかったし、調理関連の仕事をやりたい」という思いがあったという。

両親が黙々と料理に向き合う姿を見て、自分も「何か作りたい」という気持ちが芽生え、自然と厨房に立つ未来を意識するようになった。

洋食から和食、そして家業へ

とは言うものの、一色さんの就職するまで調理経験はないに等しいものだった。高卒で名古屋の洋食店から飲食経験をスタートさせ、その後松阪に戻り洋食店で務めていた。しかしそのときに叔父、叔父の奥さんと立て続けに体調を悪くし、店を離れることに。父がそのまま店を引き継ぐことになったのだ。

「これはそういうタイミングなのかもしれない…」そう感じた一色さんは父に「僕が店を継ぐから。四国に修行に行ってくる」と伝え、知り合いのツテをたどり四国でうどん作りを学びに行くことに決めた。修行先は四国・高松の「さぬき一番」という有名店で、屋号を共有しつつも店舗ごとに個性がある香川県独自のスタイルで、多くの飲食人を育ててきたという。

四国で培った「目の前の接客」の経験

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名古屋や松阪では主に裏方として経験を積んでいたが、四国のうどん店では、客席の目の前でうどんを打ち、料理を提供し、お茶まで出すという対面型の接客を経験した。

それまで裏方にいた一色さんにとって、お客様と直接接することは新鮮な経験だった。接客自体に抵抗はなかったものの、お客様にどう映るか、自分のふるまいが店の印象に直結するという責任感を自然と身につけていったという。

特に手打ちうどんの修行時代には、気温や湿度といった環境条件に応じて生地の練り加減を細かく調整する技術を学んだという。「その日の生地の感じに合わせて微調整する」と語るように、経験と感覚に基づいた繊細な作業が求められる。

14年掛けて学んだ歴史の味

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その後松阪に戻り和食系の店に勤め、飲食業界のより幅広い知識と経験を積む選択をする。

そして28歳のとき、父が経営していた「やっこ」に戻り、本格的に家業に携わるようになる。当初は厨房に立つことは許されず、まずは配達などの雑務からスタート。「お出汁や麺は、やり方があるから」と父からはすぐには任されず、じっくりと時間をかけて仕事を見て覚えていった。

実際に仕込みや調理を全面的に任されるようになったのは、42〜43歳のころ。父が動けなくなったタイミングで、自然な流れの中で店の味と仕込みを引き継いだという。「代替わり」といった形式的なものではなく、「気づいたら自分がやっていた」という感覚が近いと語る。

昔ながらの味を守り続ける姿勢

「やっこ」のメニューには、時代の流れによる変化はほとんどない。一色さんは「古いものは必ずそのまま残して、新しいものは新しいもので別に置いておく」と語る。つまり、昔から愛されてきた味やスタイルは変えることなく、新しいアイデアが浮かんでも、あくまでそれは“プラスα”の存在として扱われる。

うどんメニューについても、基本的な構成は創業時から変わっていない。ただし、お客さんのリクエストに応える形で「卵とじ」や「天ぷらうどん」「肉うどん」といったバリエーションが自然と増えていったという。もともと数種類だった定番メニューに対して、常連客から「こういうのもできる?」と頼まれることがきっかけとなり、新しいメニューが生まれていったそうだ。

季節メニューは夏の冷やし中華のみでざるうどんやざるそば、鍋焼きうどんといったメニューは、季節に関わらず常時提供している。季節ごとにオーダーの多いメニューが変わるだけで、基本の味やラインナップにはブレがない。その柔軟さと一貫性が、長年愛される理由の一つだ。

中華そばに宿る「やっこ」ならではの味わい

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中華そば:850円
「やっこ」の看板メニューのひとつとして、うどんと並び人気なのが松阪のご当地麺「中華そば」である。創業当初からあるメニューではなく、先代である叔父の代になってから加わったものだという。

松阪地域の中華そばには独特のスタイルがあり、一般的なラーメンや支那そばとは一線を画す。和風だしに中華麺、たっぷりの野菜が入るのが特徴だ。ただし、ちゃんぽんと呼ぶにはまた少し異なり、あくまで「中華そば」として地域の味として親しまれてきた。

その味の決め手は、やはり出汁だ。基本のだしはうどんと同じ和風ベースだが、中華そば用には異なる醤油と使い分けている。さらに肉が加わることで動物系の旨味がほんのりとたされることで、全体のバランスを保つ。あまり手を加えすぎると本来の味が変わってしまうため、大きな改良は行わず、味を守り続けてきた。

中華そばにはこうして、創業当初から続く出汁文化と地域ならではの中華そば文化、その二つが重なり合い一杯の中に息づいている。

意外な人気メニュー「オムライス」

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オムライス:950円
「やっこ」のもう一つの人気メニューが「オムライス」だ。和食店であるにもかかわらず、この洋食メニューは若い世代を中心に支持を集めている。一色さんによれば、当初はカツ丼などの和食丼ものが中心だったが、時代の流れとともにオムライスの注文が徐々に増えていったという。

深夜帯には、飲み会帰りの若者グループが「締め」に立ち寄ることも多く、そうした場面では中華そばとともにオムライスを1つ頼み、数人でシェアして食べることも少なくない。まるで中華料理店でチャーハンを取り分けるように、食事の締めくくりとして楽しむ姿が見られる。

シンプルな鶏肉と玉葱の旨味、歴戦のフライパンが引き出すガツンとしたケチャップライスの味。素朴は見た目とは裏腹にかなりしっかり目な味付けで薄焼き卵と同時に頬張れば、懐かしさとともに贅沢な心地に浸ることができる。徐々にスプーンを進めると、次から次へと止まらなくなる。これぞ絶品と言わざるを得ない。

常連客に支えられた歴史、親子三代で通う人も

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「やっこ」には、長年通い続ける常連客も少なくない。父の代から、あるいは祖父の代から通っているという人もおり、中には50年、60年と足繁く通う高齢の常連客も存在するという。一色さんは「今では高齢の方が多いですが、昔からの常連さんもいらっしゃいます」と語る。

特に金・土曜の深夜営業時には、近隣の飲み屋街「愛宕町」で飲んだ帰りに立ち寄るお客さんが多い。また、平日の日中は会社員や営業職の人々が昼食や仕事帰りにふらっと立ち寄るなど、地元だけでなく、松阪市内外からも多くのビジネスパーソンに親しまれている。

昼時に訪れる客層についても「近所の人よりも、むしろこの辺りの会社で働いている人や営業職の方が多い」と語る。松阪で仕事を終え、伊勢や津方面へ帰る途中で立ち寄る人も少なくないという。

これからも変わらぬ味とともに

インタビューの最後に、一色さんは「昔ながらの料理を懐かしんでもらいながら楽しんでほしい」と語った。今の飲食業界には、手の込んだ料理や映える盛り付けが求められる風潮もあるが、「やっこ」ではあえてシンプルで昔懐かしい味わいを守り続けている。「記憶の中にあるご飯屋さん」のように、肩ひじ張らずに気軽に訪れてほしい。そんな思いが、おだやかな語り口から伝わってくる。
一色さんが守り続ける「やっこ」の味は、華やかさではなく、ほっと心を和ませる懐かしさにある。時代が変わっても、地域の人々にとって「いつもの味」として愛される存在であり続けるだろう。

その素朴な味わいの裏には、日々の仕込みや細やかな調整、そして一色さんの確かな技術とこだわりが息づいている。これからも「やっこ」は、松阪の町に変わらぬやさしい味を届け続けていくに違いない。
やっこ
住所
〒515-0037
三重県松阪市愛宕町3丁目1
営業時間
金曜日
11:00〜14:00
17:00〜01:00
月曜日
定休日
火曜日
11:00〜14:00
17:00〜21:00
水曜日
11:00〜14:00
17:00〜21:00
木曜日
11:00〜14:00
17:00〜21:00
金曜日
11:00〜14:00
17:00〜01:00
土曜日
11:00〜14:00
17:00〜01:00
日曜日
11:00〜14:00
17:00〜21:00
開閉
電話番号
0598-21-1399
最寄駅
松阪駅より徒歩15分
支払方法
現金のみ
平均予算
1000-1500
駐車場
店裏3台
席数
カウンター3席、テーブル席4名掛け×2、2名掛け×1、座敷4名掛け×2
禁煙
禁煙
ランチ提供
ランチ
ディナー提供
ディナー

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