ライター : ELEMINIST

サステナブルな暮らしをガイドするサービス

この記事は、サステナブルな暮らしをガイドするサービス「ELEMINIST」の提供でお送りします。

和食店「きじま」が歩み出したサステナブルな道

神奈川県横浜市を中心に本格和食店「きじま」を6店舗展開する株式会社きじまの創業は1980年と40年前にさかのぼる。全国各地の漁師とつながった独自ネットワーク、業界に精通した仕入専門部隊を強みに、毎日新鮮な海の幸を顧客に提供し続けてきた。
創業から長きにわたり、変わらぬおいしさと心地よいサービスで顧客の心をつかんできた「きじま」だが、実はキッチンの奥では大変革が起こっていた。この変革の発起人となったのが、事業戦略室長の杵島弘晃(きじま・ひろあき)氏だ。

創業者である父がつくりあげた店を受け継いで始動した杵島氏の新たなチャレンジは、「サステナブルな和食のあり方の追求」だ。父の背中を見ていた頃から、海や水産物への危機感を感じていたという杵島氏。「おいしい和食と豊かな海を、未来もずっと」をスローガンに掲げ、飲食店から発信できる「持続可能社会への貢献」を一歩一歩実現させている。

なかでも第一に力を入れているのが、持続可能な水産物の利用促進だ。海の幸を中心としたメニューを提供するレストランを営む立場として、とくに日本の水産物のサステナビリティに強い問題意識を持っていた杵島氏は、サステナブルシーフードを積極的に使う取り組みを開始した。
2020年6月にオープンした、きじま みなとみらい店

食材から店づくりまで 納得のいく品質へのこだわり

2019年9月、日本の和食店としてはじめて、ASC (Aquaculture Stewardship Council:水産養殖管理協議会)/MSC (Marine Stewardship Council:海洋管理協議会)(※)のCoC( Chain of Custody:生産・流通・加工過程の管理)認証を取得し、サステナブルシーフードをつかった料理提供をスタート。
(※)ASC認証…環境と社会に配慮した責任ある養殖方法で生産された水産物を対象とする。MSC認証…水産資源と環境に配慮し適切に管理された、持続可能な漁業で獲られた天然の水産物を対象とする。いずれも国際認証であり、厳しい基準が設けられている。
厳選されたサステナブルシーフードの扱う量や種類を増やしていくことを目指しており、2020年10月の実績において、提供する水産物のうちMSC認証比率は7.32%、ASC認証比率については60%にまで達している。さらに来年中には、MSC認証比率を20%、ASC認証比率を100%にしたいという目標を掲げる。

食材へのこだわりは水産物だけではない。環境に負荷をかけない無農薬・無肥料による自然栽培の農産物の利用を推進しており、米は自然栽培米100%を実現。野菜の有機・自然栽培農産物使用比率は62%まで達している。

肉や卵などの畜産物については、アニマルウェルフェア(動物福祉)の観点にも意識をおき、放牧や平飼いというストレスフリーな環境で飼育され、農薬などが使われていない飼料で育てられた畜産物を取り入れている。

さらに、海洋汚染問題への取り組みとして、石油由来の界面活性剤の使用を完全に廃止。神奈川県の開発メーカーと共同開発を行い、きじま全店舗のキッチンから界面活性剤が流れ出ることはなくなった。
みなとみらい店に入ってすぐに見える組子細工の建具やカウンター上部のらんまは古材を活用
2020年6月にオープンしたみなとみらい店では、環境への取り組みはキッチンの外にまでおよぶ。お食事をいただく際、すぐ目に飛び込んでくるのが、お箸に刻印されたマーク。適切に管理された森林で生産された木材に与えられているFSC(Forest Stewardship Council:森林管理協議会)認証マークだ。

認証マークはお箸だけでなく、店内のカウンターや床にも刻印されている。さらに内装には100年以上前のアンティークの照明や欄間を使用。永く愛せる、古きよきものを活かす店づくりにも「大量生産・大量消費」になる事のない、こだわりやぬくもりが感じられる。
FSC認証マークが刻印された店内カウンターとお箸

ブレイクポイントから開けた道 サステナブルなライフスタイルへ

「きじま」で実際に行われているサステナビリティへの取り組みは、範囲も広く細やかで相当な時間や労力を費やしてきた努力の軌跡が感じられる。ここまで杵島氏を動かしている原動力は何か、その原点をお伺いした。

「いつから飲食業を目指すことを決心したのか、そしてこうしたサステナブルな取り組みを行いたいといつから思うようなったのか。はっきりとしたきっかけがあったかと言うと、あいまいです。

学生時代から父の背中を見てきて、いつかは継ぐのだろうという漠然とした使命感はありながらも、そこにさまざまな出会いが重なっていくことで、見えてきた道筋を歩んできたような気がしています」

そう語りながら、思い起こすのは2011年に起きた東日本大震災。当時大学生だった杵島氏が自然の脅威を思い知った瞬間だった。震災後まもなく被災地に向かった父は、現地から帰ってくるとその凄まじい様子を語りながら、杵島氏に「ついて来るか」と尋ねたと言う。

現地に着いた杵島氏は、地平線の彼方まで続く瓦礫の山に衝撃を受けた。取引をしていた大船渡の漁港は、明日も見えない状況。未来の漁業に大きな不安を覚えた。
店内に掲げられている認証マーク(写真はみなとみらい店)
同じく大学在学中に出会ったのが、水産業の未来に警鐘を鳴らす水産学者である勝川俊雄先生の著書だった。目で見たこと、本から知ったこと、調べたこと。

地球環境や水産業についての情報が、少しずつ自身のなかにストックされていくにつれ、人々の意識と、地球に起きている表面化していない現実との温度差を感じるようになった。

北米に語学留学をした際には、オーガニック食品をテーマにしたスーパーマーケットの盛況ぶりに驚き、日本におけるオーガニック食材や農業の現状に、目を向けるようになっていく。

「食を軸に、いろいろなことを調べていった結果、ライフスタイル全体に目を向けるようになっていきました。日本では、ナチュラルライフを提唱しているナチュラルハーモニーさんの影響を非常に強く受けています。

さまざまなご縁があって、農業のことから始まり衣食住にいたるまで、多くを学ばせていただきました。どんなことにも“ブレイクポイント”ってあると思うんです。どこか一箇所が深く見えて来ると、そこを起点にいろんな方向に広がっていって全体像が見えて来る。

私の場合はそれが“食”だったんです。ブレイクポイントに達したとき、それまで当たり前だと思っていたライフスタイルや価値観が崩壊して、すべてが変わっていきました」

“飲食をやるのなら、絶対に素材にこだわったものを提供したい”。「きじま」に加える新しいエッセンスのイメージが固まった杵島氏は、創業者である父を説得。社員になった2018年からわずか2年で、ここまで「きじま」の食提供のスタイルを変えてしまったのだ。
WWFの協力の元に実施した、サステナブル・シーフードについての社内勉強会

「味と接客」 飲食業の本質を見失わない信念

店づくりというものは、想いを共有する多くの人で成り立っている。長年ファンをつくってきた実績ある「きじま」を、新しい価値観の方角に舵を切り、ファンから愛され続けることはそう簡単ではなかったのではと想像されるが、それを可能にしているのが杵島氏の信念。

「飲食店の原点は“おいしい食事と、優れた接客サービス”です。きじまに私が関わるようになって加わったサステナブルな要素や食の安心安全の側面というのは、いままでのきじまを補完するものだと捉えています。いってみれば“おかず”のようなもの。本質はあくまで“おいしい食事とサービス”。これを突き詰めることから外れてはいけない。

お客様の良心に甘えるようなビジネスは長続きしません。“こんなに安心安全でこんなにサステナブルなんだから食べに来てよ”なんてことを言うつもりはありません。おいしいから来てほしいし、サービスが心地いいからリピートしてほしい。

そこに“サステナブルな要素”が寄り添っていて、“食を楽しむこと”を通して大切なことが伝わっていくことにこそ意味があります」
きじま全店舗の看板メニュー「海幸盛」。おすすめの魚の姿づくりを中心に盛られた豪華な一皿
スタッフの教育方針もあくまで“おいしい食事とおもてなし”。サステナビリティへの取り組みは、日々の仕事に向き合いながら、スタッフ一人ひとりが自分の目線で吸収していってくれればいいと言う。

「いま、この地球が抱えているすべての現実が見えすぎてしまうと、自分たちがお客様に提供しているものとの矛盾に耐えきれなくなることも。それでも、挑み続ける根拠やバイタリティはどこから来るのかと聞かれれば、気合いや根性と言う言葉になってしまいます。

あまり遠くのゴールを見据えすぎず、目の前のひとつひとつをクリアしていくことに意識を置くようにしています。従業員にも同じことを求めていて、やるべきことを楽しんでいれば、その楽しさはお食事やサービスを通じて、お客様に幸せや楽しさを伝えてくれると思うんです」

地球規模の問題を自分ごとに受け止めて、何かをしようとしていると、問題の大きさに押しつぶされそうになる気持ちを味わったことのある人も多いだろう。自分のビジネスにそれを反映させるとなれば、ビジネスとして成り立たせなければならない壁も高く、道のりは険しい。

それでもなおストイックに取り組みながらも、目線は常に“飲食店のあるべき姿”においている杵島氏の信念はまさにサステナブルそのもの。飲食店と持続可能社会の接点を垣間見たインタビューとなった。「きじま」の進化へのチャレンジが、飲食業界そのものの新しい未来への扉を少しずつ開いてくれているのかもしれない。
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