ライター : 中島茂信

幼稚園の頃、亀戸天神の近くにあった田久保精肉店のコロッケを食べ、「食」にめざめてしまいました。ラードで揚げたコロッケが大好物。最後の晩餐はもちろんコロッケ。 ◎主な著書『平…もっとみる

天皇陛下も皇太子時代に訪れた「本の部屋」

Photo by macaroni編集部

リストランテ文流の、左手の奥にある本の部屋
リストランテ文流」には、「本の部屋」とよばれる空間がある。サロン風の小部屋を設けたのは創業者、西村暢夫(にしむら のぶお)氏の発案だった。

「カフェの発祥はヴェネツィア。政治の話も含め、自由活発にいろいろな話ができるスペースとして書架のあるレストランをつくりました」

この店を取材したのがきっかけで、書架のある部屋をサロンとして活用した編集者も多い。3面ある壁のうちの1面が書架になっていることから、いつしかスタッフが本の部屋と呼ぶようになった。

書架には、イタリアの辞典やイタリア語の辞書などの蔵書のほか、ワイングラスや絵皿などが展示されている。

そのなかに、1枚の写真がかざってある。

今上天皇 徳仁陛下がまだ皇太子殿下だった1992(平成4)年2月25日、本の部屋で撮影された写真だ。皇太子殿下が、学習院大学時代の恩師、文学部教授の裾分一弘(すそわけ かずひろ、故人)氏とおみえになった際、店長が撮ったものだ。皇太子殿下と裾分教授のほか、男性ひとりと女性ふたりが一緒に写っている。

Photo by リストランテ文流

皇太子殿下がお召し上がりになったという「カニとトマトのリングイネ」
人気メニューのなかから、店長がえらんだ料理を五十川健一シェフが作った。前菜、パスタ、魚、肉、ドルチェのフルコースを提供したが、28年も前の話なので「どんな料理だったか記憶にない」と、当時の店長は言う。

「でも『カニとトマトのリングイネ』と『きのこのリゾット』、この2品をお出ししたのは間違いありません」

もうひとつ、当時の店長の脳裏に今も刻まれていることがある。

「ひとりの男性は終始ウイスキーを飲まれていましたが、皇太子殿下と裾分教授と女性ふたりには白ワイン4本と赤ワイン1本をご注文いただきました」

「豪快に飲むなあ、たのもしい方だなあ」という印象を皇太子殿下に抱いたという。

Photo by macaroni

西村暢夫氏
「裾分先生はイタリア料理とワインが大好きな方でした」

西村氏は続ける。「裾分先生は無二の親友でした。リストランテ文流で何度も一緒に食事をしたことがあります。皇太子殿下に本物のイタリア料理を召し上がっていただこうと思った裾分先生が、うちに誘ったのではないでしょうか」

この日、西村氏は、イタリアのシエナに出張中だった。もし日本にいたら、無二の親友に会うために、かけつけたにちがいない。

裾分氏との交流は、西村氏が文流とリストランテ文流を開業する十数年前にさかのぼる。

いまでこそ洋書はインターネットで国内外からとりよせることができる。けれど、昔は洋書専門店に足をはこぶか、電話や郵便で注文するしかなかった。

西村氏は、文流とリストランテ文流を開業する15年前の1958(昭和33)年、イタリアの書籍を輸入販売する「I書房」を川崎市に設立した。I書房が産声をあげた頃、裾分氏は九州大学の助教授になったばかり。なにかでI書房の存在を知り、連絡したのがきっかけで西村氏との交流がはじまった。

「裾分先生はレオナルド・ダ・ヴィンチ研究の第1人者でした。世界各地に散在するレオナルドの手稿や素描をあつめて研究されていました」
レオナルド・ダ・ヴィンチのメモ書きやスケッチのイメージ
裾分氏があつめていた手稿や素描とはどんなものか。

「簡単にいうとメモ書きやスケッチです。レオナルドは、自身の絵画論や解剖、武器、幾何学、地理など、極めて多岐にわたるメモ書きやスケッチを遺しています。そのリプリントを、裾分先生は私財をなげうってあつめていました」

九州大学の助教授になったばかりの裾分氏に、レオナルドの手稿や素描をとどけていたのが、I書房の西村氏だった。

「九州大学の学生食堂で、裾分先生に素うどんをご馳走になったことがあります」

本来、西村氏が顧客を食事にさそうのが筋。ところが、こと西村氏と顧客との関係は、世間一般の真逆だった。顧客の自家用車で観光地につれていってもらったこともある。

裾分氏だけでなく、西村氏は、全国の大学でイタリアの歴史や語学、絵画、刑法などの研究する大学教授や助教授を顧客に抱えていた。

注文を受けた書籍を郵送していたが、対面販売を好んだ西村氏は、本を直接とどける機会もあった。まだ新幹線がない時代、在来線を乗り継ぎ、リュックサックで本をはこんだ。

「行く先々で先生にお世話になりました」

イタリアンに連れて行ってもらったり、酒をふるまってくれる顧客もいた。客と書店の関係というよりも、イタキチ仲間を歓待してくれたというのである。

次回につづく

コラム『イタリアの食文化』

取材中、イタキチの西村暢夫氏から、イタリア各地で見聞した食文化に関する、珠玉の短編のような逸話をきかせてもらった。それを、今回からコラムとして不定期で紹介していく。

食卓では歳をとらない

イタリアには、「A tavola non s'invecchia(ア・ターボラ ノン シンベッキア)」(食卓では歳をとらない)ということわざがあります。家族や恋人、親しい友人と一緒に食事をするのは、人生最高の快楽。あまりにも愉しくて食事中は時間が止まってしまう、という意味です。

時間が止まり、時間が存在しない世界……。これほどスローな世界はないでしょう。「ゆっくり食べよう、食事を愉しもう」というライフスタイルを提唱したのが、イタリア発祥のスローフード運動です。

ファストフードに対し、ゆっくり食べようという意味から、スローがつけられたと日本では思われているようですが、ゆっくり食べることはスローフード運動の一部でしかありません。親しい人や大切な人と食事をする愉しい時間を大切にしよう、食事のシチュエーションも大事にしようという思いも、スローフード運動にこめられている、と私は思っています。

イタリア人がいちばん大事にしているのは、大切な人と食卓を囲み、料理を共有し、愉しい時間を一緒にすごすこと。

大切な人とすごす、歳をとらない時間を、もっと愉しみませんか。
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