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【連載小説】甘いクリスマスリースに微笑んで。第2話

7日連続でお届けするグルメ恋愛小説・第2話。仕事に没頭するあまり恋を後回しにしてきた咲子、28歳。入社以来ずっと仲良くしてきた同期の高志は、なんでも相談できる男友達だ。それ以上でも以下でもなく……そんな関係が、クリスマスを目前に動き出す。

クリスマスまであと4日・・・

「ごきげんよう」という言葉は上品な感じがして好きだけど、何が楽しいのかいつも笑いながらからかってくる神原高志(カンバラ タカシ)に言われると、バカにされている気がする。

銀座に本社を構えている金融系コンサル会社に勤める私たち。高志は営業部、私は総務部に所属している。

たまたまずっと同じフロアに配属されて、入社以来7年間、休みの日以外は毎日顔を合わせていることになる。

普段はおちゃらけている高志だが、同期として苦楽を共にしてきて、性別関係なく、なんでも話せる友達だ。

今日はノー残業デイなので、19時を過ぎるとパソコンの電源が強制的に落ちる。

高志がベトナム料理をどうしても食べたいというので、仕事帰りにしぶしぶ付き合ってあげることにした。
「咲子さ、昨日なんであんなお洒落なカフェにひとりでいたの? 今度俺が付き合ってやろうか?」

高志は大きな営業用カバンを振り回しながら、切れ長の一重の目が見えなくなるくらい、ニヤニヤ笑った。

昨日、スモアで有名な表参道の『DOMINIQUE ANSEL BAKERY TOKYO』で、高志と新入社員の麻衣が一緒にいるところに偶然、出会ったのだ。

人通りの激しい銀座の大通りの中で前を歩く高志のスーツ姿を目で追いかけると、気のせいかいつもよりピシッとして見える。いつもはスーツの後ろの方だけ皺が寄っていたり、肘の後ろに埃がついていたりとどこか抜けているのに……。

「今日付き合ってあげてるのは私の方なんだけど。いいの? 麻衣ちゃんかわいそうじゃない? 付き合ってるんじゃないの?」 

心なしか意地悪な声になる。普段から無表情と言われることが多いので、きっと相当怖く聞こえたに違いない。
いつもはノッてくるのに、都会の喧騒で聞こえなかったのか、私の普段と違う雰囲気を察したのか、高志は何も言ってこなかった。
こんなことは珍しいので、肩幅の広い背中の沈黙が気にかかる。
通り沿いの有名ブランドの店には、ビル全体がギフトボックスのように大きなリボンを掛けられ、側道の木々には橙色の電飾が灯り、街はすっかりクリスマスモードだ。

残念ながら高志と歩いても、ちっともお洒落じゃないけど……。

ブツブツ心の中で呟いていると、間もなく銀座ファイブに着いた。

「いやあ、さすがにこういう女だらけの雰囲気の店は入りづらくてさ。でも好きなんだよな、フォー。フォー!」

高志は相当嬉しいのか、銀座ファイブに到着するなり急にひとりでテンションが高くなった。

そのテンションに付いていけず、いつも通りのポーカーフェイスで「良かったね」とだけ呟く。

JR有楽町駅の高架近くにある銀座ファイブは、洗練された銀座の街の中でどこか怪しい雰囲気を醸し出している。
その中にひっそりと存在する『KHANHのベトナムキッチン 銀座999』は、女子会に利用されることが多いらしく、男ひとりだと入りにくいんだとか。

店内の至るところに黄色と橙色の大きな紙提灯がぶらさがり、壁には蓮の花が大きく描かれている。

クリスマスの気配がみじんも感じられない店内を見渡し、イルミネーションの洪水から逃れられたことに少し心が楽になった。

「クリスマスシーズンにこのチョイスってなかなか珍しいよね。さすがセンスが良いわ」

これでも精一杯に褒めたつもり。今日初めて遠慮がちに少し笑って見せたのに、高志は少しムッとしたようだった。

せっかくなので、ここにしかないドリンクを飲みたいと思い、ベトナムビールを注文した。ほどなくして日本語の流暢な店員がベトナムビールを持ってきてくれた。
軽く乾杯して、一気に喉を潤す。喉越しの良い軽い泡が色んなものを洗い流してくれる気がする。
「ずっと好きだった人から水晶の営業かけられたんだ」

ふいに昨日のできごとを話し始めていた。

高志の箸は一瞬止まったが、お腹が空いているのか具だくさんのフォーを黙々と食べながら麺ばかり見ている。
高志は入社以来ずっと私の愚痴のはけ口で、私の恋愛遍歴を全部知っている唯一の人物だったりもする。

高志が黙って聞いてくれるので、矢継ぎ早に昨日の失恋の痛みを吐き出した。

話し終えてすっきりしたところで、蒸し鶏のフォーのスープを口に含むと、とても優しい味がした。
ぐっと、堪えていたものを堪えきれなくなり、急に涙がこぼれ落ちてきた。
さっきまで黙って静かに聞いてくれていたさすがの高志も慌てふためいたようだ。

勢いよくカバンの中に手を突っ込んでは書類を落としながら必死に探して、ようやくボロボロのハンカチを取り出した。

「何それ? ちゃんとアイロン掛けなさいよ!」

そのハンカチがあまりにも汚すぎて、泣きながら思わず笑ってしまった。

なんだ、やっぱり高志はいつもと変わらない。きちんとしているようでどこか抜けている。コーンフレークのようにデコボコに丸められたハンカチを差し出されるのなんて私くらいかもしれない。
皺くちゃの薄い水色のハンカチを見て、不思議と少し安心もしていた。
ドラマだと、ここでキュンとして恋に落ちたりするかもしれないけれど、残念ながら高志が相手だとそう上手く話は運ばない。

店を出るまでの間ずっと、高志はとんでもない行動をとり続けたのだ。
(続く)

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