ライター : 中島茂信

乾燥ものとは別次元。生キクラゲは肉厚でプリプリ

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生のキクラゲを食べたことがありますか?

キクラゲというと、中国産の乾燥ものが一般的。そのキクラゲを水で戻したものを、卵や野菜と一緒に炒めた中国料理で食べる機会が多いのでは。でも、乾燥ものと生のキクラゲでは、「食感がまったく違う」という人がいます。川崎市内でキクラゲを栽培している小山仁美さんです。

「乾燥ものは薄いので、コリコリしています。一方、生キクラゲは肉厚で、プリプリとした食感を楽しめます」

小山さんは3年前からキクラゲを栽培しています。といっても小山さんは農家ではありません。ヒーターの製造販売を手掛ける株式会社 熱源(以下、熱源)の会社員です。

ヒーターのメーカーがなぜキクラゲを栽培することになったのか。それには、現在熱源がキクラゲを育てている“場所”が深くかかわっていました。

“洞穴”で育つキクラゲ

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左/防空壕の入り口 右/防空壕の上は山。竹藪になっている
熱源は、川崎市内にある“洞穴”でキクラゲを栽培しています。この洞穴は自然にできたものではありません。第2次世界大戦末期に掘られた防空壕です。

8年前、熱源の関連会社が、防空壕があると知らずにこの山を購入。地元の方から「ここに防空壕がある」と教えられたといいます。興味本位で行ってみると、落盤で入口が土で埋まっていたため、「地上からロープをたらして降りました」と小山さん。

Photo by 熱源

「ツルハシの跡が無数に残っていて、鳥肌が立ちました。怖いというよりも、スゴイなあって。誰かが誰かを守るために一所懸命に掘ったんだなあ、人を守りたいパワーって強いんだなあと感じました」

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防空壕の高さは2.5m、幅は3m。奥行きは13m。調べるうちに、防空壕の歴史がわかってきたのだとか。

「近くに常念寺というお寺があるのですが、第2次世界大戦末期、川崎区の国民学校の女の子39名が学童疎開していたそうです。この防空壕は、その子どもたちのために、旧日本軍が掘ったものだったとわかりました」

きのこの栽培を開始。シイタケからキクラゲへ

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天井が低くなっている防空壕の最深部もモルタルで補強し、棚を設置。中央に置いた加湿器で一定の湿度を保っています
70数年ぶりに日の目を見た防空壕をどうするか。崩落の危険があるので、埋め戻すのが通例です。小山さんは、戦争の生生しい記憶を後世に伝えるためにも保存すべきではないか、見たい人がいたら見学してもらおうと考え、天井や側壁が崩れないように補強しました。

「でも、インフォメーションをしていなかったので、1年半誰も来ませんでした。そこで何か生産的なことに活用しようと考えたんです」

知り合いの農家から「シイタケを栽培したら」とアドバイスを受け、5年前、シイタケの栽培をスタート。防空壕内に棚を設置し、シイタケの菌床を600個並べました。立派なシイタケができて喜んだものの、思った以上に手間がかかったそうです。

「菌床を水に漬けたり、間引きをしたり。本業そっちのけで一日中作業しなければなりませんでした」

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その後、菌床販売会社から「キクラゲの新しい菌床を試してもらえないか」と頼まれ、キクラゲの菌床10株を譲り受けた熱源。シイタケの脇に置いたら、格段に少ない手間で収穫できることが判明。3年前からキクラゲの栽培へ切り替えたといいます。

ただ、菌床販売会社にキクラゲの栽培方法を教えてもらったものの、防空壕という特異な環境のため、一般的な栽培方法があてはまらず、安定的な生産のため、試行錯誤をくり返さなければなりませんでした。

防空壕ならキクラゲを通年栽培できる

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最下段にある4本のパイプが熱線ヒーター
キクラゲは夏に栽培する作物。冬は収穫できません。そこで小山さんは、気温が低い季節もキクラゲを生産できるよう、棚の下に熱線ヒーターを設置。洞内を常時20~25度とし、加湿器によって湿度も80~90%で管理することにしました。

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この太いダクト(筒)で外の空気を防空壕内に取り込んでいます
「植物って二酸化炭素を吸って酸素をはき出しますよね。ところが、キクラゲは酸素がないと育たない植物なんです。防空壕は換気が悪く、外気を送り込むダクトを設置しなければなりませんでした」

2019年の冬は、省エネのために熱線ヒーターの温度を低めに設定したところ、ひと月まったく収穫できなかったそうです。「といって暑すぎても芽を出してくれない」と小山さんはこぼします。

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菌床から芽を出したばかりのキクラゲ
「一般的な作物は、年に1度か2度しか収穫できません。でも、キクラゲは2週間程度で収穫できます。失敗したとしても2週間で結果が出るし、最適な環境を整えれば私のような素人でも栽培できるのが、キクラゲの魅力です。しかも防空壕のおかげで、湿度や気温設定さえ間違えなければ、年間を通して栽培できます」

あえて名付けた「防空壕きくらげ」

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小山さんは、ここで育てたキクラゲを「防空壕きくらげ」の名前で販売しています。

「防空壕なんて言葉を思い出したくない人もいるかもしれません。でも、戦争の悲しい歴史をなかったことにしないでほしいという想いから、あえてこの名前にしました。パッケージに『防空壕きくらげ』と書いてあるので、買ってくださった方が、食卓でお子様に防空壕の話をしてくださるとうれしいですね」

生産者が教える「生キクラゲのおいしい食べ方」

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最後に「防空壕きくらげ」のおいしい食べ方を小山さんに教えていただきました。

「白い石づきを切ったら、熱湯で30秒から1分下ゆでしてください。ゼラチン質が豊富なので、下ゆでしてもプリプリしています。しかも色が変わりません」

一番おすすめの食べ方は、お刺身風だそうです。

「下ゆでしたキクラゲをわさび醤油で食べると、プリプリの食感を損なうことなく楽しめます」

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「これからの季節はおでんやお鍋が最高です」と小山さんは言います。

筆者も「防空壕きくらげ」のおでんを試してみました。いろいろなおでん種から出た出汁の旨味をキクラゲが吸い、炒めた乾燥もののキクラゲとはまったく異なる風味と食感を味わえました。しかもキクラゲは長時間煮ても、型くずれしないんです。

「これまでキクラゲは脇役だと思っていました。でも、いまは主役になれる食材だと感じています。おいしいだけでなく、ビタミンDや食物繊維、鉄分が豊富なんです。お年寄りや女性にうれしい食材だと思います」(※1)

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消費期限は冷蔵で5日。下ゆで後、粗熱をとり、保存袋に入れて冷凍すれば、ひと月程度保存できます。

「料理する際は、冷凍庫から出してそのまま使ってください。水気をふき取って天ぷらやアヒージョにしたり、パスタと和えてもおいしいです」
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