ライター : macaroni 編集部

さくらに誘われて「紅鹿舎(べにしか)」へ

さくらの花が舞い散る季節。春の日差しに誘われるように有楽町を歩いていると、ちょっと気になる看板を見つけました。

Photo by macaroni

やや色褪せた写真と、「ピザトースト 元祖の店」という簡素なコピー。その下には、昭和レトロなフォントで「cafe BENISICA 紅鹿舎」と書かれています。 元祖の店?ピザトーストにも元祖とかあったんだ……。 ふいに入口の扉が開いて、ひらひらと舞う花びらが吸い込まれていきました。何の気なしに後を追うと、気づけば体はお店のなか。踵を返して外へ出てもよかったのだけど……、せっかくだし、この「紅鹿舎(べにしか)」で小一時間過ごしてみることにしました。

時間が止まった前時代的ログハウス

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スタッフと親しげに話をする人がたくさんいるので、常連さんが多いのかな。通い詰めたくなるくらい魅力的なお店なら、入った甲斐があるというもの。
見渡せば、お店のなかは全体的にウッディ。丸太そのものの梁が何本もあり、天井だけを眺めていると、ここが有楽町だということを忘れてしまいそうになります。

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レジ前には年季の入った黒電話があって、時折、リリリリンッ!と元気よく音を立てるのでまだ現役みたいです。見ればほかにもアンティークっぽいインテリアがそこかしこに。全体的にレトロだし、けっこう歴史のあるお店なのかも。

注文するならやっぱり“看板“メニュー

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「ご注文はお決まりですか?」 インテリアに目を奪われて、すぐ横に来ているスタッフを待たせてしまいました……。あわててメニューを開き、文字と写真に目を走らせます。「バナナロイヤルカフェオーレ」「悪魔の炎」など個性的な品名が並ぶなか、真っ先に目に留まったのは“元祖”だというピザトーストのドリンクセット 1,350円(単品 950円)。考えてみれば、“元祖”の店に入っておいてそれを食べない手はありません。というわけで看板メニューをオーダーし、できあがりを待つことに。

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……しばらく文庫本の文字を追うことに没頭していると、「お待たせしました」と再び声をかけられました。テーブルの上には大きくて分厚いピザトースト。3分割された食パンに、耳の部分まで覆い尽くすほどたっぷりチーズがのっています。
家で食べているピザトーストとは次元の違うシズル感。ふわっもちっとしたパンの質感が見ているだけで伝わってきます。

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さっそく端から持ち上げると、大量のチーズがのびるのびる!焼き目のついたチーズがトローンとのびて、雪崩をおこしかけました。たれたチーズを受け止めるように口を開き、さっそくひと口。……表面はカリッ、なかはもちっとした好食感がたまりません。クセになりそうな感触に続いて、チーズ、ピーマン、たまねぎ、ベーコンの旨みが口いっぱいに。
さすがは“元祖“というおいしさに、ついつい顔がにやけてしまいました。締まりのない顔をしていると自覚はしても止められず、トーストを貪り続けます。ようやく自分を取り戻したのはピザトーストを食べ終えてから。ふーっと大きく息を吐いて、心地よい満腹感を味わいながら、食後のコーヒーをひとすすりしたのでした。

元祖ピザトーストができるまで

「ピザトースト、いかがでしたか?」 食事の余韻を楽しんでいると、妙齢のご婦人が話しかけてきました。服装を見るに、おそらくはお店の方。品を感じる佇まいに思わず背筋がピンと伸びます。 おいしかったと素直な感想を伝えると、ご婦人が楽しげに笑みをもらしました。聞けば、元祖ピザトーストは彼女、紅鹿舎オーナー(!)の村上節子さんが考案したものとのこと。思いもよらぬ開発者の登場……、どんな経緯でピザトーストを生み出したのか、訊ねてみると———。

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「このお店をはじめた昭和39年(1964年)頃、喫茶店のメニューといえばコーヒー、紅茶、サンドイッチ、ケーキくらいでした。そこで、なにか違うメニューを考えることにしたんです。私、昔からピザが好きで、だったらピザをメニューに入れようと。ただ、キッチンの設備が限られているので、できることには限界がある。そこで思いついたのが、パンをピザ生地の代わりにするというアイデアでした。 ボリュームのあるものにしたかったので、付き合いのあったパン屋と一緒にパン作りからはじめて。焼いた後も十分なボリュームとふわふわとした食感を保つため、厚みや食感の違うパンをいろいろつくってもらいました。そうしてようやくイメージどおりのものが完成し、ピザトーストと名付けた。最初は『こんなのピザじゃない!』とおっしゃる方もいたんですけど……、だんだんファンが増えて」
それから50年以上の月日が流れ、今では一般家庭でも当たり前のようにピザトーストが食べられている。当たり前のようで、なんだかスゴイ話です。 「最初は、同じようなことを考える人がたくさんいるのね、なんて思っていました(笑)。でも、あるテレビ番組の取材で、うちが元祖と呼ばれていると教わりまして。看板に“元祖“と入れたのはそれからです。今は、最初に考え出した味を守っていきたいとだけ思っています」

元祖ピザトーストのひみつ

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パンとチーズを一緒に焼くだけ。そんな安易な考えでは到底実現できそうにない味わいだった元祖ピザトースト。おいしく作るコツがあるならぜひとも知りたい!無理を承知で節子さんにお願いすると、ほんの少しだけひみつを教えてくれました。
パンは厚めのものを選びましょう。食パンなら4枚切りくらいがいいですね。あとは、チーズをたっぷりのせる。遠慮しちゃダメです。パンの上にこんもり山になるくらいのせてください。具をのせて、チーズをのせて、横から流れ落ちても気にしない。むしろそうなったほうが、どこから食べてもおいしいピザトーストになるんですよ」
実のところ、ほかにもいろいろ教わったんですが……、そちらについてはオフレコと言われてしまいました。でも、パンの厚みとチーズの量だけでピザトーストは大きく変わる!後日、実際に試してみたので自信をもって断言できます。“元祖”の味の片鱗だけでも味わいたいという方は、ぜひとも試してみてください。

元祖の味、さぁ誰に披露しよう

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お会計を済ませると、外はもう夕暮れ。節子さんのお話が興味深かったせいか、思っていた以上に長居してしまいました。紅鹿舎のショウウィンドウにはすでに灯りがともり、昭和から続くカフェならではのレトロなムードを際立たせています。 それにしても、ピザトーストがあんなにおいしいものだったなんて。食感を思い出すだけでじわりとよだれが滲み出てくるのがわかります。家族も友だちも、あれを食べたら目を丸くするに違いない。その顔を想像したら、今すぐにでも会いたくなって———。 紅鹿舎へ誘ってくれたさくらの花びらに感謝しつつ……、教えてもらったコツを忘れないよう繰り返し思い出しながら、花咲く家路を急ぐのでした。

店舗情報

構成・文:植松富志男 / 写真・動画:田上大輝(macaroni編集部) ※本記事は個人の感想に基づいたものです。味の感じ方には個人差がありますのでご了承ください。
※掲載情報は記事制作時点のもので、現在の情報と異なる場合があります。

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