ライター : 中島茂信

幼稚園の頃、亀戸天神の近くにあった田久保精肉店のコロッケを食べ、「食」にめざめてしまいました。ラードで揚げたコロッケが大好物。最後の晩餐はもちろんコロッケ。 ◎主な著書『…もっとみる

小麦を栽培するパン職人

Photo by 濱口太

昨年末、地元多摩の農家にもらった小麦や、北海道で開発された複数の品種を畑にまきました。
田んぼは見たことがあっても、小麦畑を見たことがある人は少ないかもしれません。穂に 「ノギ」と呼ばれる、トゲのようなものが生えています。これが小麦です。
6月下旬、多摩郊外の畑で10名ほどの若者が、農作業にいそしんでいました。コンバイ ンを使わず、鎌で、黙々と小麦を刈り取り、収穫しています。

Photo by 濱口太

杉窪章匡さん。この日は、小麦の収穫に精を出していました。
その中にオーバーオールの男性がひとり。杉窪章匡さんです。 杉窪さんは、代々木公園にある人気ベーカリー「365日」や、素材にこだわった料理を提供するカフェ「15℃」・レストラン「ヨル15℃」のオーナーシェフ。

Photo by 濱口太

「365日」で人気の高いバコン フロマージュやブルーショコラなどが並んでいます。

Photo by 濱口太

【15℃】 住所 東京都渋谷区富ヶ谷1-2-8 電話 03-6407-0942 営業時間 7時〜23時 ( CAFE CLOSE 17時30分、TAKEOUT CLOSE 23時) 定休日 不定休
また、全国に杉窪さんがプロデュースするパン屋があり、人気を集めています。 パン職人であり、飲食店経営者でもある杉窪さんが、この日、スタッフと一緒に、小麦を収穫していました。
「農家の手伝いをするなど、10年ほど前から農業を勉強しています。3年前ジョン・ムーアさんに『小麦を栽培しないか』と提案してもらったのがきっかけで、昨年12月小麦を育てることにしました」(杉窪章匡さん)

ジョン・ムーアさんとは

Photo by 一般社団法人「SEEDS OF LIFE」

杉窪さんに小麦栽培をすすめたジョン・ムーアさん。
ジョンさんは、パタゴニア日本支社長だった方。2012年に一般社団法人「SEEDS OF LIFE」を設立。現在代表理事として、昔の伝統的な在来種の植物を、未来へつなげる活動をしています。その一貫として、日本で昔から食べられてきた小麦を、20年前から栽培し、増やし続けています。
そもそもジョンさんは、なぜ昔の小麦を育てることにしたのでしょうか。 「この100年で私たちの食べ物のDNAの90%が消失しました。F1種や遺伝子組み換えが当たり前となり、多様性が失われてしまったのです。そして、食べ物の栄養価も大きく低下しています。小麦は、人類のメインとなっている食料のひとつ。ところが、度重なる品種改良や農薬との相互作用もあり、小麦がアレルギーの原因になってしまいました。 もう一度種から種を育て、人類の食料として、正しい小麦を育むことが大切だと思い、昔ながらの小麦を増やし続けています」(ジョン・ムーアさん)

素材を生かすパン作り

パン好きの方ならご存知かと思いますが、昨今、国産小麦を愛用するパン職人が増えてき ました。しかも大半のパン職人が、北海道産小麦を使っています。 ひと口に国産小麦といってもいろいろな品種があります。その中でもとくに北海道で多く 栽培されている小麦は、グルテンが多い品種です。グルテンが多いと、日本人好みの、モチ モチしたパンになることから、北海道産小麦はパン職人の間でも人気があります。 一方、ジョンさんが育てている、日本で昔から栽培されてきた小麦は、グルテンの量が中 程度の、いわゆる中力粉です。
3年前、ジョンさんは、面識がなかった杉窪さんに「私が育てた小麦で、パンを作ってみ ませんか」と連絡しました。すると、すぐに返事があったそうです。 「杉窪さんは私が育てた小麦の特徴を理解した上で、パンを試作してくれました。パン職 人や料理人は、料理を作るために、材料を選ぶ。でも、杉窪さんはその反対。食材を生かす には、どんなパンを作ればいいのかを考える人でした」(ジョン・ムーアさん)
杉窪さんは、自著『「365日」の考えるパン』(世界文化社刊)にこう書いています。  「そもそも僕のパンづくりは(中略)『この素材を生かすパンをつくりたい』という思いがスタートです。この思いを実現させるために、どんなつくり方をすればいいのかをあれこれ考えます」
ジョンさんが育てた小麦を、どうすれば美味しいパンにできるのか。杉窪さんは、あれこれ考えてくれたそうです。 そんなクリエイティブな発想力を持つ杉窪さんに、ジョンさんは惚れ込みました。以来、ジョンさんは、杉窪さんとはまるで「兄弟」のような感覚で、付き合っているそうです。
「杉窪さんは、小麦を深く理解する人。でも、もっと小麦を知るためにも自分で作ったほうがいいとアドバイスしました」(ジョン・ムーアさん)

澤登先生との出会い

Photo by 濱口太

左が恵泉女学園大学の澤登早苗先生。「初めて小麦を栽培したにしてはたいしたもんです(笑)」
ジョンさんは友人の、恵泉女学園大学人間社会学部(東京都多摩市)の澤登早苗教授を杉窪さんに紹介しました。 澤登先生は、農薬も化学肥料も使わない自然農法を26年間、大学の教育農場で実践。これまで大勢の学生に自然農法を指導してきました。自らも山梨でブドウを自然農法で栽培する、生産者でもあります。
また、澤登先生は、多摩市の農業委員を務め、休耕地の活用にも尽力されていたことから、「多摩の畑で小麦を栽培しませんか」とジョンさんが、杉窪さんに勧めたそうです。 昨年の冬、澤登先生は、カフェ「15℃」に向かいました。杉窪さんに会うためです。「『15℃』でパンを食べながら、杉窪さんと話をしました。『365日』のパンも美味しかったし、杉窪さんの話も素敵でした」(澤登早苗先生)

ワインはブドウから、パンは小麦から

農家が激減し、小麦を栽培する人も減ってきている。であれば、小麦を使う料理人が、小麦を育てるのが一番いいのではないか……というような話を、杉窪さんは澤登先生に伝えました。
小麦とパン職人の関係を、澤登先生は筆者に、国産ワインとワイナリーの関係にたとえて 説明してくれました。 それはこんな話です。 近年国内では、上質なワインが造られるようになってきました。ところが、かつてブレンド技術を重要視していた時代があったそうです。ワインはブドウで決まるはず。でも、そのブドウがおざなりにされていた時代があった、と澤登先生は指摘します。

Photo by 濱口太

小麦畑は多摩丘陵を見下ろす高台にあります。勾配があり、歩くだけでもかなり大変です。
「どんなに高い技術があったとしても、素材を生かさなければ、小手先だけのワインにな ってしまいます。それに気づいたのか、近年国内のワイナリーの間で『ワインはブドウから 』という意識が高まり、ブドウを作付けするワイナリーが増えています。結果、上質なワイ ンが造られるようになってきました」 それはワイナリーもベーカリーも同じではないかというのが、澤登先生の持論です。 ワイナリーがブドウを育てるように、パン職人が小麦を栽培する。その小麦を粉に挽き、パンを焼く……。 杉窪さんの話を聞き、澤登先生は、パン職人に自然農法を教えることにしました。 第2回に続く。
取材・文:中島茂信
Photos:7枚
小麦畑の小麦のアップ
鎌と小麦を持っている杉窪さん
365日のパン
15℃の外観
小麦に囲まれているジョン・ムーアさん
Tシャツ姿の澤登先生と杉窪さん
小麦畑の引き写真
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