ライター : 伊藤 千亜紀

フードアナリスト

心太(ところてん)の漢字の由来が気になる

ツルツルとした喉越しや、酸味の効いた酢醤油・濃厚な甘さの黒蜜などで食べるのがおいしい心太(ところてん)。しかし、この「心太」という漢字、なぜ心が太いなんて書くのでしょう? 一度は疑問に思いますよね。 そこで今回は、心太の漢字の由来についてお話しします!地域によって違う、おもしろい食べ方もご紹介しますよ。

なぜ「心が太い」って書くの?

心太の原材料は「天草」。心太は、この天草を煮てから固め、天付きと言う専用の器具を使い麺状にします。この作り方から、心太の漢字が発祥しているようなんです。

元は「こころふと」と呼ばれていた

心に太いと書くところてんは、当時は「ところてん」ではなく、漢字のまま「こころふと」と呼ばれていたそう。 漢字の意味は、心太を作る際に煮だした天草が冷めて煮凝る(固まる)様子に由来します。天草が凝る、「凝海藻(こるもは、こるも)」から変化したのですが、「凝る」の字の語源は「心」、これと太い海藻を表現する「太」の字をあてて「心太」の漢字を使っていたんだとか。

こころてんから「ところてん」

「こころふと」と呼ばれていたのがなぜ「ところてん」となったのかは、「こころたい」「こころてい」「こころてん」と変化し、最後に「ところてん」と呼ぶようになった説が有力のようです。しかし、これにも諸説あり、正確なところは未詳の部分が多くあります。

いつから食べられている?

起源は諸説ありますが、心太は中国から伝わったと言われています。スープを作って、それを放置していた結果、偶然の副産物として生まれたのだとか。とても古い歴史があり、日本でもさまざまな文献に記されています。 偶然にできた食べ物が、現在まで食べ続けられているとは驚きますね。どのような書物に書き記されていたのか、詳しく見ていきましょう。

正倉院書物に「心天」

心太のもっとも古い記述とされているのが、奈良時代の正倉院の木簡(もっかん)。ここに「心太」の記載が残っているといいます。御食国と呼ばれる地域から天草を宮中に送った記録があり、宮中の節気行事などに使われていたよう。 また、平安時代の「令義解(りょうのぎげ)」の解説書にも出てきますよ。地方の産物として、心太が納められていたと記されてます。
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